生駒 忍

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流出被害と他人に努力をさせない悪平等の害

きょう、マイナビウーマンに、バレたら、破局かも!? 彼には絶対言えない女子の秘密4選という記事が出ました。

「もしも公にしてしまったら、今まで積み上げてきたものがすべて崩れてしまう……そんな爆弾を抱えて生きている人もいるのでは?」として、「「恋人・結婚相手にバレたら破局かも!?」と思った秘密のエピソード」のお話となります。ことしは、いわゆる文春砲が、あちこちの爆弾に命中していますが、流出ではっきり破局となったのは、今のところ宮崎謙介のみです。とにかく明るい安村は、安心できますでしょうか。

「一度だけ浮気したことがある」、あえて回数を出してあるのも気になりましたが、その後ろについている「35」は、もっと気になりました。Yahoo!知恵袋の質問記事、彼女が7歳年をサバ読みしたらどうしますか?を連想するのも気がとがめますし、私には意味がわかりません。そういえば、BARKSの記事、【インタビュー】ONE OK ROCK、「世界に通用するアルバムを作るしかない」でTomoyaは、35xxxv(ONE OK ROCK)について、「『35xxxv』というアルバムタイトルは、特に深い意味はなくて。」と述べています。

「多少は過去を隠しているほうが、ミステリアスな雰囲気のある女性になれそうです。」とあります。誰がそこまでガンバレ!言うた(嘉門達夫)には、知らなくてよいことが早々にわかってしまうがっかりも歌われました。一方で、PRESIDENT 4月4日号(プレジデント社)は、瞑想の特集の中で、多田文明による、「まず怪しい団体は、全体像を明かしません。」という指摘を取りあげました。アホダラ王国物語(嘉門達夫)の1曲目で、卒業式メッセージの影響のように歌われたものも、その手だったのでしょうか。

「お互いが円満に過ごせるのは、そんな秘密たちを胸にしまおうとする女子たちの努力の結果なのかもしれません。」、そうかもしれません。ここで興味深いのは、秘密なので出すはずがないというあたりまえのことではなく、そこに努力があってこその結果だというとらえ方です。ワラパッパの記事、ツイッターって「王様の耳はロバの耳」で床屋が掘った穴のことだよねのようなもので、自分にも相手にもよくないとわかるのに、口にしてしまうことはめずらしくありません。ローエングリンでもそうでしたし、Kumi(海外ゆるふわノマド・放浪3年めのツイート、まして「あの人ってこういう事するんだよ!信じられない!」みたいな愚痴もも、自覚があってしていると明かします。だからこそ、出さないことをがんばりとみて、評価したいのかもしれません。

がんばりで思い出したのが、withnewsにきのう出た記事、「意識高い系」広めた人、常見陽平さん「今、すごくネットに無力感」です。「勉強とか部活とか何かを真面目に頑張っているだけで「意識高い系」と蔑むといった使い方」の背景について、「ひとつは『そんなに頑張るなよ、俺が置いていかれそうで不安になるから』という焦り。頑張れる人と頑張れない人の差なのかもしれない。」と指摘します。中西大輔の1週間前のツイート、この前おもしろい話を聞いた。ある大学で、「あの子は就職活動がんばってずるい」みたいなことを言う学生が結構いるそうだ。は、あるべき規範意識のような解釈をしていますが、その「ずるい」発言の本質は、より生々しい感情にあるのかもしれません。切磋琢磨、追って追われてで、おたがいに伸ばしあうのではなく、伸ばさない方向を選好するのでは、非生産的です。ですが、小暮満寿雄 Art Galleryの記事、愛甲さん質問会2〜レベルの低い方に合わせる支援や学校って?にあるように、教育にも、福祉にも、そういう悪平等の種はまかれているようです。また、最後通牒ゲームが示すように、自分が得られること自体よりも、相手が自分よりも大きく得られる機会をつぶすほうを優先するのも、人間の性です。またこの人ですが、Kumi(海外ゆるふわノマド・放浪3年めのツイート、結構何でもそうなんだけど、『やってる人』より『やってない人』が止めろとか無駄だとか色々言ってくるんだよね。にも、そのようなにおいを感じます。その発展ともいえる、ねじれた視点があの誘拐事件につながったのが、野洲という人のきょうのツイート、「(知識を)学ばなきゃいけない」ってのは人によっては面倒なので排除できるんだったらの指摘です。そこまでして、努力を遠ざけたいのだとすれば、あきれてしまいます。趣味へのお金のかけ方の記事の後のほうで取りあげたような、リスクをとらずうごかない人や、上昇志向のない若者の問題の記事で取りあげたような、楽にゆるく生きたい人が、単に自分だけかたむいていくのなら、いずれ福祉にたよる可能性が高くなることはともかくとしても、自己責任でかまわないかもしれませんが、ほかの人の努力の否定にまで回るのは、とても迷惑です。もちろん、努力で必ず成功できるわけでないことは事実です。ku:nel 2016年5月号(マガジンハウス)で林真理子は、努力してきたのにセンスが身につかなかった不本意を明かしましたし、モンスターウーマン 「性」に翻弄される女たち(大場真代著、宝島社)は、「女性にとっての一番の承認は、素敵な男性に認められ、周囲に自慢できること」として、「認められたいからこそ努力をし続け、自分を追い詰めた結果、これまで紹介してきた女性たちのように極端な道へ走ってしまうようになるのでは」と論じ、異様で多様な性行動の説明としました。それでも、努力をたたいて、他人が伸びることをさまたげていけば、よくはたらき、たくさん納税をして、福祉をささえる人をうしないますので、先に福祉が必要になりそうな人ほど、大損をすることになるのです。

石坂浩二の最後のあいさつと人物重視の番組

きょう、アサ芸プラスに、石坂浩二、今度の敵は福澤朗!?「新・鑑定団」の所信表明で“脱石坂色”を宣言という記事が出ました。

「スタッフのパワハラ騒動が話題となったが、石坂の最後の挨拶は何ともサバサバしたものであった。」とあります。それでよいと思います。報道ステーションを降りる古舘伊知郎の、8分間にわたる最後の語りは、賛否がわかれたところです。リテラにきょう出た記事、古舘伊知郎が最後の放送で「直接の圧力はなかった」と…でも『報ステ』は明らかに安倍政権から圧力を受けていた!は、そこで明かされた「真相」、「古舘氏は「政権からの直接的な圧力はなかった」と言った」ことを認めつつも、前からとなえてきた圧力説を最後までくり返して、さばさばとはできていない印象でした。

「騒動以後の放送回も、石坂が映る回数が若干増えたような気がするくらいで、大きな変更はありませんでした。」、これは、「撮り方を変えたらパワハラを認めることになってしまいます」ので、想定の範囲内でしょう。しない生活 煩悩を静める108のお稽古(小池龍之介著、幻冬舎)の68や70で説かれたように、軌道修正はむずかしいのです。

「「福澤が『依頼人の方の物よりも、その人の素の部分を掘り下げていきたい』と言ったのです。」、これに対して、「視聴者が求めているのは真偽の定まらぬ鑑定品で、持ち主の素性ではないはずです」、どうでしょうか。ものそのものへの見る目や関心の高い視聴者もいるとは思いますが、いまの時代、テレビをつけている人のどのくらいが、それについていけるでしょうか。ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ(円堂都司昭著、青土社)が、「ロキノン」的自分語りを、楽器のわからない多くの人には音楽を論じられてもわかりにくいのだからと、消極的ながらフォローしたことが、同じようにあてはまりそうに思います。産経ニュースの記事、割烹着とベートーベン 問われた「物語」重視報道の是非も、谷本の指摘についてはTogetterの記事、めいろま氏と古田大輔氏(朝日新聞記者)のやりとりも見てほしいのですが、主題のお話ではなく、それが属する人物の物語が求められてしまう問題を論じました。このパターンはさまざまな場で見られ、NEWSポストセブンの記事、五輪TV中継 日本の選手全員がメダル候補と煽りに煽る茶番劇は、ソチ冬季五輪中継への、「視聴者に、競技よりも人物本位で見ることを強いるわけです。これでは競技そのものの魅力や面白みが視聴者に伝わってこない。」という批判を取りあげましたし、みんなのミシマガジンの記事、あのー、ご趣味はの筆者の態度も、批判をうけました。心理分析があなたにもできる本 イラスト図解版(心の謎を探る会編、河出書房新社)の、「「相手を微に細に知りたがる人」の性質とは」が指摘したような特性の人ばかりではないはずですが、正面から教養を要するものは、広くは好まれないのでしょう。あるいは、テレビをつまらなくする若手の記事で取りあげたように、つくる側も無教養になってきたことで、何でも「人物重視」でつくるのが楽なのかもしれません。

川崎病の由来と同居する異性のペットあつかい

きょう、cozreに、川崎病とは何?病気の原因や症状、治療方法について解説という記事が出ました。

「川崎病という病名は、1967年にこの病気を発見した、小児科医の川崎富作氏にちなんで名づけられました。」、これは誤解をまねくと思います。発見につながる最初の症例が、発症が1960年の暮れで川崎が診察したのが1961年、7例の学会報告が1962年、50例をまとめた論文が出たのが1967年です。一方で、名前の由来は、病気を理解する上で名前などどうでもよい、しかも病態と無関係な固有名詞では意味をもたないという考え方も理解できますが、誤解をさける上では、知らせる意味があると思います。地名の川崎と結びつけられ、いまも川崎公害裁判のイメージがあるのか、公害病だと思う人がときどきいるからです。地名由来の、水俣病などの公害病でもなければ、松戸病のような俗語でもありません。同様に、川崎医科大学も、川崎医療福祉大学も、人名の川崎が由来で、川崎にあると誤解されることがありますが、どちらも中国地方の倉敷です。川崎と同様に工業地帯だと言いたい人は、工業地域へと格下げされつつある北九州の人を刺激しないようにしてください。ちなみに、田園調布学園大学は、人名由来でないことは明らかですが、田園調布でも、調布でもなく、川崎とはいっても田園というほどではないところです。

「原因は何かと気になりますが、現在ではまだはっきり解明されていません。」、気になる表現です。「現在ではまだ」とあると、未来から来た人のようです。そういえば、富士通テンテクノロジには、川崎未来という人がいます。

「また、1~2%の確率で、兄弟が発病することから、遺伝的な要素も関係しているのではないかと言われています。」、これは誤解をまねきそうです。双生児法で遺伝率を得たのでもなければ、共有環境要因だけでも説明がつきます。川崎病の子供をもつ親の会のリーフレットには、「兄弟姉妹がほぼ同時に発病する例も」とありますが、このパターンはむしろ、感染をふくめ、環境要因の可能性をうかがわせます。もちろん、双生児でしたら、そういうレディネスかもしれず、環境のほうを支持する証拠としては弱くなります。mixiのコミュニティ、兄弟の川崎病発症率についてには、「私自身二卵生の双子ですが2人揃って同時に川崎病になりましたよ。」という例もあります。そして、これらは1967年論文が列挙した「特異的症状」の11番目とは、うまくなじみません。

「以上の6つが主な症状となり、そのうちの5つに当てはまると、川崎病と診断されます。」、これは日本川崎病学会などの立場です。海外では、「5日以上の発熱」は必須として、ほかに残り5症状のうち4以上とする基準が多いようです。

重い場合には、「状態の良い血管をつないぐバイパス手術」も選択肢に入ります。「い」を抜いて、残りを自然につなげたくなりますが、1967年論文が列挙した「特異的症状」の10番目が、「自然治癒し,後遺症をのこさいない.」であることを意識したのでしょうか。

「川崎病に既往した児童は、小中高の学校から、学校生活管理指導表の提出を求められることがありす。」とあります。「ま」が抜けていると教えたくなります。そういえば、不思議の国のアリス(L. キャロル作、旺文社)には、「中のひとりが「間抜け」をどう書くのかわからないで、教わらなければならないでいる」場面があります。

「感動動脈瘤なので、血管障害がある場合には、入院期間も長くなります。」とあります。感情のうごきを感じても、冠状静脈洞の誤字だとは思わないでください。

「子どもの日頃の健康管理に気を付けて、異常に早く気付けるようにしましょう。」と締めます。異常な早さで気づくことを求められているようにも読めますが、どんなことでも、早く気づくにこしたことはありません。

それで思い出したのが、バズプラスニュースにきのう出た記事、【衝撃】乙武の妻が週刊文春に激白! 夫の世話から逃げたかったことが判明 / 事務所で不倫しまくりの日常も暴露です。「最初、奥さんは乙武さんとの結婚の話になったとき「犬を飼ったこともあるし大丈夫」みたいな気持ちだったそうですが、いまになって、想像以上の苦労に耐えかね、疲れが爆発したのでしょうね。」とあり、他人が責めることではありませんが、早く気づけば、先を考えていればこうならなかったのではと思った人もいるでしょう。それでも命を買いますか? ペットビジネスの闇を支えるのは誰だ(杉本彩著、ワニブックス)は、抱いてかわいいと思ってすぐ買う、飼うという展開の問題にふれましたが、飼い犬からの類推だったとすれば、「犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ」はずが、「垣堅くして犬入らず」とはいかず、「飼い犬に手を噛まれる」こととなり、犬死にだけはまぬがれたかっこうです。

一方、ペットつながりですが、産経ニュースにきのう出た記事、専門家「ペットを飼うような感覚で女子生徒と暮らしていたのでは」 社会と接点を持ちつつ監禁という“二重生活”の容疑者には、「臨床心理士の長谷川博一氏は「寺内容疑者の行動は、ペットや人形をかわいがる感覚に近い。暴力などで支配するのではなく、お互いを必要とする関係を築きたかったのではないか」と分析する。」とあります。ですが、こちらは結局「ペット」に逃げられ、自分は死んで逃げることもならずに終わりました。雨宮まみのきのうのツイート、そういうことおっしゃると思ってたので、本当にそのままで残念です。を思い出しました。

ずうずうしいといえば、週刊ポスト 2016年4月8日号(小学館)には、佐野ひなこのスカートの記事の後のほうで取りあげた事件の犯人の妻の、「猫の里親になりたかったが、“結婚しないと里親になれないので猫をもらえない”といわれたから。」結婚するという、まさに「猫の子をもらうよう」な展開も、「婚姻関係が崩壊していく経緯についても、「夫もペットも同じと思えば腹が立たないようになってきた」と述べる。」ともあり、そして職場不倫、ばれると虚言、そのためかかわった男は凶悪犯罪の加害者と被害者とになるという惨事となりました。ですが、スポーツ報知のウェブサイトに出た記事、局部切断事件、不倫妻が「夫はペットだと思えばいい」赤裸々に吐露によれば、「供述調書には、妻の反省の弁はなかった。」「結婚前からの夢で一度はあきらめた海外の美術学校に行きたい」というようすで、「猫は三年飼っても三日で恩を忘れる」とでも言うべきでしょうか。

女性にみるカラーバス効果と原因を欲する心理

きょう、マイナビウーマンに、え、また一緒!? 他人の生理がうつったと感じたエピソード3選という記事が出ました。

「病気ではないのでうつるということはないかもしれませんが」とありますが、科学的には、長期的にみた同期は生じます。匂いコミュニケーション(市川眞澄・守屋敬子著、共立出版)などをご覧ください。「実際にはうつったというよりも生理になった人が側にいることで「そろそろ生理になるかも」という精神状態になるために、生理になるのかも」とある、間の心理的変数のところを無視すれば、科学的知見と整合しそうです。

「今回は女性たちに「他人の生理がうつったと感じた経験」について聞いてみました。」というものですので、聞き方が影響したのか、ぴったりの同期ではないものは、自分が先よりも、自分が後になるパターンのほうが、多くみられます。前後どちらも収集して比較ができると、うつること自体ではなく、「うつったと感じた」ことの検討として、さらに興味深いでしょう。ここで、自分が先では、カラーバス効果が入ると言いたい人もいると思いますが、その用語がどこから入ってきたのか、英語のようですが海外の論文が初出なのかも、調べてみてください。やさしくわかる高次脳機能障害(和田義明著、秀和システム)が、「カクテルパーティーとラッキーカラーとゴリラ」というコラムで取りあげた際には、タイトルにある3本の話題のうち、カラーバス効果にだけは、研究者名を登場させませんでした。

こんなものは、誰かから誰かへうつる証拠にはならないと言いたい人も出てきそうですが、あくまでも「うつったと感じた」ことを見るものだと考えましょう。教頭ノート2015(北岡隆行著、小学館)に、「「○○のせいにする」ほうが納得しやすく、気分が楽だから」とあるように、人間は因果なもので、実際以上に因果関係を見たがってしまうものです。80年代しりとりコラム(泉麻人著、ファミマ・ドット・コム)に登場する、松田聖子を批判する聖子カットの女性たちや、こちらはフィクションですが、可愛い世の中(山崎ナオコーラ作、講談社)で遥が、「私はママのお人形さんじゃねえんだ」と出ていって、「秋葉原のメイド喫茶」「よりお人形っぽい服装を選んだ」といった皮肉なパターンにさえ、感じるものがあります。マンガで分かる心療内科♥心から感謝です!のきょうのツイート、【自分は人生で成功している】という人ほどのように、原因など出てこないほうが、むしろ健康でいられるというのも、皮肉なものです。

あるいは、この調査のような漫然と事例をひろったものに、エビデンスとしての価値はほぼないと言いたい人もいるでしょう。心理学検定 一問一答問題集[A領域編](日本心理学諸学会連合心理学検定局編、実務教育出版)での図解では、ケースシリーズは、エビデンスの水準としては下から2番目、単なる専門家の意見よりはさすがにましという程度です。ですので、子どもは「この場所」で襲われる(小宮信夫著、小学館)が、「はじめに」の中で、1地点の前後比較にワンクッションを入れて解釈して、犯罪機会論の予測力の「証明」だとしたことに、無理を感じた人も多いでしょう。一方で、特異な事例が得られて道がひらかれるような研究テーマもあり、そのために強いられた無理もあります。TOCANAにきのう出た記事、電気ショックは当たり前! 本当にあった「10の邪悪な社会実験」5位~1位の1位などがそうで、造膣手術が完了したように書くなど、誤解をまねくところが少なくないので、くわしくはAmazon.co.jpでとても評価の高いブレンダと呼ばれた少年(J. コラピント著、扶桑社)で読んでほしい事件ですが、「1965年~2004年」というとらえ方にこめられた批判は、意識しなければいけません。

死語ランキングと森口博子と告発された講師

きょう、しらべぇに、これを使うとオヤジ認定!「死語ランキング」トップ4という記事が出ました。

タイトルに「トップ4」とあり、3でも5でもなく、ワースト4でもありません。四大死語、ないしは死語四天王とでも言えるような、第30回新語・流行語大賞のように4本がほかと大差をつけた先頭集団になっているのかと思ったのですが、「しらべぇ編集部が選んだ4つの言葉「ナウい」、「ヤング」、「ドロンします」、「チョベリバ」から選んでもらった。」とあり、そもそも4語しか調べない調査でした。しかも、4択ではなく、5択だったようですし、その「選んでもらった」とされた中にはない選択肢が圧勝するという、ふつうは思いつかない展開です。ふと、小学一年生 2016年4月号(小学館)で「4つ使うアイデア!」とたたえられた、藤森あいりという人の作品を思い出しました。

せっかく調査結果を得たにもかかわらず、4語に関する考察は、「ナウい」について少しあるだけなので、少しふれておきます。「チョベリバ」は、若い人には単に見かけない文字列で、死語とさえ思わないかもしれません。その断絶をいかして、合わせて死語になった対義語をタイトルに使った、Exciteニュースの90sチョベリグニュースが、意味がわかるような世代の人をフィルタリングしています。そもそも、ニュースなのかという批判もあると思いますが、いまの話題とうまくつなげるくふうもあります。きょう出た記事、ウエンツ瑛士、「ホラッチョ」と呼ばれていた過去も、その手で注意をひきました。須藤玲司という人のきのうのツイート、時事ネタあげ忘れてた。が、課長 島耕作 7(弘兼憲史作、講談社)を取りあげたように、あの素材は使いたくなります。

「ドロン」「ヤング」がずいぶんと低いのも、第5の選択肢があることの影響だけでなく、死語とさえ思わないことが効いているのでしょう。ですが、見かけない文字列と思われたのではなく、同綴同音異義のために、死語になったほうの存在に気づかないこともありそうです。固有名詞以外にもあるヤングは当然としても、トラウマ日曜洋画劇場(皿井垂著、彩図社)に「ドロンの演技も意味不明」とあったドロンがわかるのでしたら、若い人も捨てたものではないと思います。

ここでは「トップ4」よりも、後半の「他の「死語」は?」のほうが、くわしい説明がされます。おかしな構成ですが、いつの間にか、しらべぇの記事の質はまちまちになってきましたので、特におどろくこともないでしょう。「アウトオブ眼中」、このことば自体がもう「アウトオブ眼中」です。「アゲアゲ」、これもありました。アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士(DJ OZMA)のヒットから、もう10年になります。「バッチグー」は「『クイズ年の差なんて』で森口博子らが多用した」、この人名のほうがなつかしい感じもありますが、YOMIURI ONLINEにきのう出た記事、元気な歌声 多くの人に…森口博子さんで、変わらずほがらかなすがたを見せていて、永遠に「Pray don't break a peace forever」な風です。「ヒューヒュー」では、「頭のおかしい人と思われてしまう」などとある文を太字にしたのが奇妙ですが、その後長く不安定だった華原朋美の連想とつなげたかったのでしょうか。華原の笑えないお話の記事で取りあげたころには落ちついてきて、よかったと思います。いまも心配なのは、ロックスターの早死にの記事で取りあげた元トップスターですが、こういうことを書くと、ダンナ様は霊媒師 視える人だけが知っているこの世をラク~に生きるコツ(ケプリ夫人著、KADOKAWA)の109ページのようなことを言われるのでしょうか。

「古くさいイメージのある死語だが、一瞬で時代を感じることができる。これも日本語独特の文化といえるのではないだろうか。」と締めます。これこそ「頭のおかしい人と思われてしまう」と思った人は、いますでしょうか。少なくとも、英語にも死語はあります。さらに、日本人が気づかずに死語の英語を使っているという、日本人のちょっとヘンな英語(D. セイン著、アスコム)のやや強引な指摘もありますが、Amazon.co.jpでは多数の低評価をあびました。ふと、netgeekにきょう出た記事、生徒にAmazon最高評価を強要し証拠まで提出させている大学教授ハイディ矢野、告発されるを連想しました。ここにも、あの素材が登場して、失笑をさそいます。