生駒 忍

記事一覧

交換留学に反対されて仕事が続かない女性

きょう、dot.に、一瞬だけ車いすを放す… 毒親もつ娘の唯一の抵抗という記事が出ました。AERA 10月14日号(朝日新聞出版)からの転載です。

この「毒親」という表現は、学術的な場面ではまず見かけない、ネットスラングという側面の強いものですが、語源が毒になる親 一生苦しむ子供(S. フォワード著、講談社)であることは、よその出版社とはいえ、触れてほしかったところです。また、「母から受けた最もショックな仕打ちは高校のとき。」とある段落は、一部で反感を買いそうな印象です。「最もショック」といっても結局この程度か、あるいは、小町の母のせいで結婚できないオレほどではないにしても、大人になってから仕事が続かない理由を交換留学の話が消えたせいにするのは甘え、などと思う人も出てくるでしょう。日本一醜い親への手紙(Create Media編、メディアワークス)は、「毒親」どころか虐待への理解もまだあまりない時代に、異常性の高いエピソードもかなり収集した本ですが、エピソードの羅列が終わった後、しかけ人の今一生が出てきて、自分も音楽系の専門学校への進学に反対した親をずっとうらんでいるようなことを書いたのには、ややがっかりしました。私もみなさんの苦しみに共感できるのだというアピールのようで、ですがこの本を引っぱる異常なエピソードとの落差が大きく、うらみ続けるかどうかに口をはさむ気はありせんが、書かないほうがよかったように思います。また、あの本の後ろには、当時「アダルト・チルドレン」説で知名度をのばしていた信田さよ子も自説を書いています。それから10年して、このdot.記事のような話題を含む母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き(信田さよ子著、春秋社)で話題になり、dot.の記事にも登場しています。そして、今度はまた別の「毒」で、帯には壇蜜まで入る豪華な組みあわせで、毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ(上野千鶴子・信田さよ子・北原みのり著、河出書房新社)を出すようです。

アブラハムの社名になったマズローの自己実現

きょう、msn産経ニュースに、誰のための“ソムリエ”か 「アブラハムモデル」の虚と実という記事が出ました。金融庁による「投資助言会社」への6か月業務停止処分について掘りさげたものです。やまもといちろうや「富士経済調べ」騒動を通して、いろいろと不信感をもった人も多いと思いますが、今回のポイントがわかりやすく整理されています。

最後のページに、「アブラハムの社名は、米国の心理学者・アブラハム・マズローにちなんでいるという。マズローは、衣食住や安全を満たした人は自己実現を求めるという「欲求階層説」を唱えたことで知られる。」とあります。あの説は、一般向けの心理学の本にもよく取りあげられますし、経営学など心理学の外の分野でも親しまれます。ですが、心理学ではずっと昔に疑問符がついたものなのです。コトラーのマーケティング3.0 ソーシャル・メディア時代の新法則(P. コトラー・H. カルタジャヤ・I. セティアワン著、朝日新聞出版)では、実はマズロー自身もあのかたちに後悔したといわれ、自己実現が最下層にくるパターンに言及されています。それでも、教員採用試験に出るので教えなければいけなかったり、あるいは基礎系の心理学者では、ERGも知らずに止まっている方もいたりしますので、いまでもだいじな理論のようにあつかわれがちです。最近では、スタンダード教育心理学(服部環・外山美樹編、サイエンス社)で、別々の章が同じピラミッドを登場させました。

伊藤祐奈に早大広末騒動を思い出しました

きょう、芸能ニュースラウンジに、アイドリング!!!伊藤祐奈 卒業後は進学希望!「大学で心理学を学びたい」という記事が出ました。伊藤祐奈2014カレンダーの発売記念イベントで、大学進学に意欲をみせる発言があったそうです。

女性芸能人が大学進学というと、つい早大広末騒動を思い出してしまいます。ですが、もうずいぶん昔のことですし、今になって考えてみると、あの人だけが異常だったのだと思います。心理学関係では、立教大の南沢奈央の例がありますが、あのような混乱になったと聞くことはありませんでした。「もし大学に行ったら、大学でちゃんと学びたい」とのことですので、高い学習意欲をもってきちんと勉学にはげんでもらえることを期待します。

からだの疲れ、脳の疲れ、授業中の疲れ

きょう、ライフハッカー日本版に、脳が疲れているとエクササイズにも悪影響を及ぼすことが判明という記事が出ました。10日ほど前にNew York Timesのサイトに載った、How Intense Study May Harm Our Workoutsという記事を整理したような記事で、だいじな部分はそのまま訳して転載しています。

出所の論文をきちんと読んでいないのですが、興味深い研究であるように思われます。この論文を見つけた記者が、紹介したくなるのもわかります。一方で、この孫引きのような日本語記事には、気になるところがいくつかあります。

まず、研究者の位置づけです。「イギリスのケント大学とフランスの国立保健医学研究所は合同で」と書かれると、両機関の研究課題として取りくまれたようで、とても仰々しい印象を受けてしまいます。NYTの表現では、"scientists from the University of Kent in England and the French Institute of Health and Medical Research"となっていて、こちらが妥当でしょう。

次に、研究対象者です。一貫して「被験者」と書かれていますが、これは今日の心理学では、一般には好ましいと考えられていないものです。もしかするとと思い、NYTの記事をひととおりながめてみましたが、subjectsはどこにも登場していませんでした。訳に対応するところを見ると、NYTではthe men、they、volunteersといったぐあいで、それをまとめて「被験者」に読みかえたようなのです。ですが、訳したほうとしては、「被験者」という日本語はよく知られた、なじみのある自然な日本語だと判断したのだと思います。大げさかもしれませんが、研究倫理ともかかわるところですので、心理学の研究に「被験者」はなじまないというイメージが、早く定着してほしいものです。

そして、タイトルです。「脳が疲れている」は、引っかかってしまう表現です。海馬 脳は疲れない(池谷裕二・糸井重里著、新潮社)が頭にうかんだ方も多いでしょう。今度は、先ほどのものと異なり、NYTのほうでもbrainのこととして書かれていて、頭から"Tire your brain and your body may follow"と書きだすほどです。ライフハッカーでは、タイトルと訳して転載した部分とのほかには「脳」が登場しませんので、NYTよりもひかえめに思えます。日本語では「頭が疲れる」と言えることの影響も考えられて、ここの訳でもbrainを「脳」と「頭」とに訳し分けています。では、頭が疲れるのは、科学的な厳密さを求めてはいけない、ふつうの慣用句とみるべきでしょうか。さらに、目が疲れるのはほんとうに「目」の疲れなのか、肝臓の疲れもよく耳にする、膣が疲れるという表現もまれにあるが、などと考えていくと、いろいろとむずかしく、頭をひねるこちらの脳が疲れてしまいそうです。

一般に、からだに疲れがたまったときは、眠くなりがちですし、早く睡眠をとるのが健康のためでしょう。すると、お子様上司の時代(榎本博明著、日本経済新聞出版社)にある、授業中に寝るなと注意すると「ここで寝たいんです」と返されるお話は、今回の知見を考えると、もっともらしく思えてきます。むずかしい、あるいは盛りだくさんな学びに満ちた授業では、「脳」が疲れてしまい、もうノートをとるだけでへとへとに感じるのかもしれません。そうなれば、「頭」に入れることは二の次で、とにかく睡眠をとろうと動機づけられるのでしょう。

劣化した「蛇の錯視」とストレスとの関連づけ

きのう、环球网に、摆脱“心病”才能护心 心理负担会拖累身体という記事が出ました。私が知ったのは、直接ではなく、重慶の华龙网にきょう転載されたもので気づきました。

内容は、ストレスと身体に関する話題で、個別のことの科学的根拠はともかくとして、全体としてはそう目新しいお話ではないようです。音楽に関することも、音楽心理学からみて特に注目すべきものでもありません。ですが、ひと目見るなり、北岡明佳・立命館大学教授の錯視作品、「蛇の回転」と「ローラー錯視」とが、とても注意をひきました。無許可のような気がする上に、案の定、ストレスと関連づけられているのです。画像作者のサイトの、「ストレスと錯視は関係がある」という流言の研究にあるように、いくつかの変異はありますが、何度も起きているパターンです。以前の記事で取りあげた当たり屋情報のお話のようなものとして、世界中でくり返されていくのでしょうか。ですが、どこがあの錯視にとってだいじなのかを理解していなかったのでしょうか、今回はモノクロにされただけでなく、画質が落とされ、あの強い錯視効果をのがしてしまっています。この記事が出たのと同じ日、きのうに発売された彼女のため生まれた(浦賀和宏作、幻冬舎)で聡美が、だ液だけでDNA鑑定ができるのではないと言っているのを思い出しました。