生駒 忍

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からだの疲れ、脳の疲れ、授業中の疲れ

きょう、ライフハッカー日本版に、脳が疲れているとエクササイズにも悪影響を及ぼすことが判明という記事が出ました。10日ほど前にNew York Timesのサイトに載った、How Intense Study May Harm Our Workoutsという記事を整理したような記事で、だいじな部分はそのまま訳して転載しています。

出所の論文をきちんと読んでいないのですが、興味深い研究であるように思われます。この論文を見つけた記者が、紹介したくなるのもわかります。一方で、この孫引きのような日本語記事には、気になるところがいくつかあります。

まず、研究者の位置づけです。「イギリスのケント大学とフランスの国立保健医学研究所は合同で」と書かれると、両機関の研究課題として取りくまれたようで、とても仰々しい印象を受けてしまいます。NYTの表現では、"scientists from the University of Kent in England and the French Institute of Health and Medical Research"となっていて、こちらが妥当でしょう。

次に、研究対象者です。一貫して「被験者」と書かれていますが、これは今日の心理学では、一般には好ましいと考えられていないものです。もしかするとと思い、NYTの記事をひととおりながめてみましたが、subjectsはどこにも登場していませんでした。訳に対応するところを見ると、NYTではthe men、they、volunteersといったぐあいで、それをまとめて「被験者」に読みかえたようなのです。ですが、訳したほうとしては、「被験者」という日本語はよく知られた、なじみのある自然な日本語だと判断したのだと思います。大げさかもしれませんが、研究倫理ともかかわるところですので、心理学の研究に「被験者」はなじまないというイメージが、早く定着してほしいものです。

そして、タイトルです。「脳が疲れている」は、引っかかってしまう表現です。海馬 脳は疲れない(池谷裕二・糸井重里著、新潮社)が頭にうかんだ方も多いでしょう。今度は、先ほどのものと異なり、NYTのほうでもbrainのこととして書かれていて、頭から"Tire your brain and your body may follow"と書きだすほどです。ライフハッカーでは、タイトルと訳して転載した部分とのほかには「脳」が登場しませんので、NYTよりもひかえめに思えます。日本語では「頭が疲れる」と言えることの影響も考えられて、ここの訳でもbrainを「脳」と「頭」とに訳し分けています。では、頭が疲れるのは、科学的な厳密さを求めてはいけない、ふつうの慣用句とみるべきでしょうか。さらに、目が疲れるのはほんとうに「目」の疲れなのか、肝臓の疲れもよく耳にする、膣が疲れるという表現もまれにあるが、などと考えていくと、いろいろとむずかしく、頭をひねるこちらの脳が疲れてしまいそうです。

一般に、からだに疲れがたまったときは、眠くなりがちですし、早く睡眠をとるのが健康のためでしょう。すると、お子様上司の時代(榎本博明著、日本経済新聞出版社)にある、授業中に寝るなと注意すると「ここで寝たいんです」と返されるお話は、今回の知見を考えると、もっともらしく思えてきます。むずかしい、あるいは盛りだくさんな学びに満ちた授業では、「脳」が疲れてしまい、もうノートをとるだけでへとへとに感じるのかもしれません。そうなれば、「頭」に入れることは二の次で、とにかく睡眠をとろうと動機づけられるのでしょう。