出題解説

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問61 音楽療法の分類と原理

音楽療法は、わが国では心理学の専門家よりも、音楽を専門とする側からの関心が高く、世間ではなじみがある技法名、少なくとも外形的にはイメージしやすいアプローチである一方で、臨床心理士指定大学院など、心理臨床家の養成に主眼をおいた課程で専門的に学ぶ機会はまずないなど、独特の位置をとる技法です。日本音楽療法学会九州臨床音楽療法学会といった専門学会に、臨床心理士や精神保健福祉士は少ないです。

対象者が表現することに重心をおくものは能動的音楽療法、聴取するほうに重心があるのは受容的音楽療法として区分されます。たとえば、発達障害児を含む子どもへの適用が多いノードフ-ロビンズ音楽療法は能動的療法、近年ではマインドフルネスと関連づけた展開もみられる調整的音楽療法は受容的療法となります。ほかにも、音楽療法にはさまざまな流派があり、技術や思想の中心のおき方が根本的に異なるものもたくさんありますので、気をつけてください。わざわざ音楽中心音楽療法(K. エイゲン著、春秋社)と名のるものがあるくらいです。

そのような中でも、古典的な原理として知られるものに、Altshuler, I.M.による同質の原理があります。なお、出題文にある個別性の原則は、バイステックの7原則のひとつです。この7原則については、問74解説も参照してください。

以上より、正解は2となります。こういった組みあわせ問題は、自信のないところがあっても、ほかがわかればしぼれますので、あわてず、あきらめずに解きましょう。この設問は、3か所のうち2か所がわかれば、それがどの2か所であっても、絶対に正解できるようにつくりました。

問62 緩和ケアと医療用モルヒネ

ターミナルケアは、ひと昔前まではわかりにくいカタカナ語の典型例でさえありましたが、もう定着したといえそうです。一方で、英語表記ではterminal careとはあまり書かれなくなり、end-of-life careにとって換わられました。ときどき、ターミナルケアは和製英語だと誤解している人がいますが、英語圏では死語だといったほうが正確でしょう。綜合臨牀 2010年9月号(永井書店)で柏木哲夫は、和製英語の「ターミナルホテル」が消えていったことに触れつつ、terminal careからend-of-life careへと換わった理由を2点、示しています。

1、WHOの定義では、ターゲットは健康自己効力感(HLOC)ではなく、より大きな概念であるQOLとなっています。ちなみに、QOLということばが、広まってはいますがなじにみくいということもあり、WHOのものを一般向けに、読みやすい日本語にあらためる提案もあります。日本緩和医療学会のプレスリリース、『市民に向けた緩和ケアの説明文』を新たに決定!で、WHOの定義の和訳とあわせてご覧ください。

2、スピリチュアルケアは、ターミナルケア以上に訳しにくく、一方でカタカナの「スピリチュアル」の語感がかたよってしまったこともあって、あつかいにくいことばです。魂のケア、霊的ケアなどとも表現され、パストラルケアのようにキリスト教に足場をおく実践もありますが、仏教に足場のあるビハーラも、スピリチュアルケアの典型的な実践です。

3、ターミナルケアに、自己や人生をふり返る機会はふんだんにありますが、他者や外部との交流を、ほかの病棟や医療形態にくらべて制約する必要はありません。問60解説で取りあげた内観療法のようなものではありません。

4が正解です。モルヒネは危険な依存性のある麻薬ですが、代表的なオピオイド鎮痛薬でもあります。強い疼痛に対して医学的管理のもとで用いられる場合には、依存性はゼロとはいえませんが、その問題は小さいことが、経験的にも知られていますし、神経薬理学的な基盤も解明されています。がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2014年版(金原出版)で、図解つきでくわしい説明を見ることができます。

問63 『死ぬ瞬間』での死の受容の段階

受容過程の心理学的理解においては、問46解説で取りあげた障害受容の価値転換理論のような、並列的な要件としてとらえる考え方と、いくつかのフェイズを順に進んでいくという考え方とがあります。後者のような段階説の代表格が、Kübler-Ross, E.がベストセラー、死ぬ瞬間 死とその過程について(中央公論新社)で示した、死の受容の5段階でしょう。最後の第5段階はもちろん、受容ですので、本問ではそれより前の段階について問いました。

1、これは第2段階です。否認しきれなくなって、周囲に感情をぶつけます。

2が正解です。第4段階で、助かるあらゆる可能性が閉ざされていると理解しての絶望、そして自殺の危険もありますが、ここを抜けることで、受容のデカセクシスへと向かうことになります。

3、これは第1段階です。認めたくないことを認めずにいようとする機制は、問16解説で取りあげたアルコール依存の否認にも類似します。

4、これは第3段階です。宗教的な感覚ですが、絶対的な神との取引で助かろうとねがいます。

問64 ポジティブ心理学の研究者

1は、フロー体験や内発的動機づけの研究で知られ、ポジティブ心理学の主要な研究者のひとりです。フローについては、問68解説を参照してください。

2は、イヌの唾液分泌の実験から、後に古典的条件づけと呼ばれる現象を見いだし、体系化した生理学者です。後年には、実験神経症の研究にも関心を向けました。

3が正解です。イヌを被験体とした学習性無力感の実験を行い、これをヒトに拡張した改訂LH理論はうつ病の説明モデルとして、Abramson, L.Y.らの絶望感理論へと発展しました。一方で、アメリカ心理学会の会長として、1998年の講演で「ポジティブ心理学」の取りくみを呼びかけたことが、この分野の急速な発展につながりました。ちなみに、ポジティブ心理学の挑戦 “幸福"から“持続的幸福"へ(M.E.P. セリグマン著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、ポジティブ心理学のはじまりにつながった、数奇なメールと大金との出会いから書きだされています。

4は、自己評価などで現実よりも肯定的な方向へとバイアスがかかる現象である、ポジティブ幻想の研究で知られています。ポジティブ幻想も、ポジティブ心理学の主要な研究テーマのひとつです。

問65 欲求階層説と自己実現欲求

1、自己実現という用語をつくったのは、神経学者のGoldstein, K.です。ベルリン大学でゲシュタルト心理学に触れましたがナチス政権成立により亡命し、アメリカで後のゲシュタルト療法や、Maslow, A.H.やRogers, C.R.の人間性心理学アプローチに影響をあたえました。

2、Erikson, E.H.の心理社会的発達理論は、生涯発達を8段階に区分し、そのうち青年期の発達課題を、自我同一性の確立-拡散としました。これをMarcia, J.が発展させた中で、モラトリアムの概念もつくられました。そして、その考え方を日本社会論に導入したのが小此木啓吾で、モラトリアム人間の時代(中央公論新社)はベストセラーとなりました。

3が正解です。Maslow, A.H.の欲求階層説では、5段階のうち自己実現欲求は存在欲求とされ、それ以外は欠乏欲求とされました。

4、Maslow, A.H.の欲求階層説は、経営学などではなお人気があり、信じている人も多いと聞きますが、実証的には支持されていません。これに代わる考え方に、Alderfer, C.P.のERG理論があります。Eはexistenceですが、哲学的な実存ではなく生物学的な生存の、Rはrelatednessで社会的関係の欲求であり、Gはgrowthで、これが自己実現によく対応する欲求です。