生駒 忍

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引っこし後PTSDと小さな池の大きな魚効果

きょう、GIZMODOに、貧乏な男子は金持ちの住区に引越すとトラウマになる(米調査)という記事が出ました。アメリカでの調査結果を紹介したNew Republicの記事、For Boys, Moving to a Wealthier Neighborhood Is as Traumatic as Going to War: Leaving poverty is more complicated than you think.の紹介です。

「米国医師学会発刊「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション」に出た最新調査では、幸せどころかPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しむ子ども(特に男子)も多いことがわかりました。」、かなりインパクトがあります。なお、以前に子どもの精神疾患等のリスクの記事で紹介した記事では、JMAは「米国医師会」と訳されました。「心的」外傷後ストレス障害としたのは、精神神経学用語集 改訂6版(日本精神神経学会精神科用語検討委員会編、新興医学出版社)に合わせたのでしょうか。

「引越して10~15年後の青年がPTSDなどの鬱(うつ)・行為障害にかかる確率」とありますが、原文では「higher proportions of major depression, posttraumatic stress disorder, and conduct disorder」とあるところだと思いますので、PTSDをうつの一類型に入れる特異な立場ではありません。また、先ほど挙げた精神神経学用語集のように、できれば「行為障害」ではなく、素行障害と訳してほしかったところです。以前にした学会発表で、新訳語の素行障害が今後世間にひろまるかどうかに触れたのを思い出しました。

調査結果は、方向性はネガティブですが、わが国では行動を起こし、持続する力 モチベーションの心理学(外山美樹著、新曜社)で広く知られるようになったBFLPE、小さな池の大きな魚効果を思わせるものです。ですが、より注目したいのは性差です。女性ではこの問題が起こりにくく、人類学者が見いだした対称的なジェンダーバイアス、「男子は新しい住区に引越してくると不良少年という目で見られる。一方、女子は全く正反対で、「おお、恵まれないかわいそうな子、よしよし自分が助けてあげるからね」と街ぐるみでかわいがられる。」が原因として示唆されます。NHK 社会福祉セミナー 2013年12月-2014年3月(NHK出版)に、女性のほうが生活保護をうけやすいとあったのを思い出しました。今回のものは、別々のコホートの現象を対応させての議論の妥当性など、気になるところはありますが、ジェンダー論的にも興味深い知見でしょう。

一般世間でも、男女で逆であるものはおもしろいと思われるようですし、だからこそGIZMODOは、これを紹介したのだと思います。ですが、世間には首をかしげてしまうものもいろいろあります。おとといの「ф男と女の心理学ф」のツイート、狭い場所で他人とすれ違うとき、は、いかにもポップ心理学的な解釈つきです。きのうOKWaveに出た質問記事、「正反対の男女」は、奥手の質問者とガールズバーではたらく女性との関係についてですが、この質問No.8504899は削除されてもう見られません。きょうYahoo!知恵袋に出た質問記事、どういう心理でしょうか?*は、親しい男性は小さくしたい、女性は逆で巨大化させたいと思うことがある人物を、写真つきで登場させます。それぞれ、心理学者の出る幕がある話題でしょうか。

自閉症・ADHDなどにつながる父親側の要因

きょう、AFPBB NEWSに、子どもの精神疾患リスク、高齢の父親で高まる 研究という記事が出ました。

「米国医師会(American Medical Association、AMA)の26日の精神医学専門誌「JAMAサイキアトリー(JAMA Psychiatry)」に研究論文が掲載された。」とありますが、26日に掲載号が出版されたわけではなく、この論文のオンライン版の提供開始が今月26日付だったということです。Paternal Age at Childbearing and Offspring Psychiatric and Academic Morbidityです。

記事タイトルにある「精神疾患」という表現が引っかかる方もいると思います。分析対象となった問題のうち、academic morbidityである後ろの二つは、疾患とは呼べません。その前の二つも、精神疾患そのものとは、やや次元が異なるでしょう。また、発達障害である自閉症やADHDを「疾患」と呼ぶのも、不適切だと感じる方もいると思います。自閉症を「病気」としたテレビ番組が、誤解が丸わかりのイラストを添えたこともあって、自閉症協会の「対応」を受けたことは記憶に新しいでしょう。さらに進めると、統合失調症も躁うつ病も、そもそも精神病、精神疾患など実在しないとする極論もあります。こころの科学 171号(日本評論社)には、ランパー・スプリッター論争の、単一精神病論さえも突きぬけたランパー側に、そういった反精神医学を位置づけた論考があります。

「研究によると、父親が20~24歳の時点で生まれた子どもに比べ、父親が45歳以上になってから生まれた子どもは、双極性障害の可能性が25倍高かった。また、高齢の父親から生まれた子どもは、注意欠陥多動性障害(ADHD)の可能性が13倍高かった。」、高くなることは以前から報告がありましたが、これはインパクトのある結果です。ですが、誤解をまねきそうなところもあります。

ひとつは、これは子どもの問題の有無と親の年齢との単純な対応関係ではないことです。そのやり方でプロットすると、それほどの効果はあらわれません。同じ親の子どもだとした場合の値です。もちろん、ここまで歳のはなれた、サザエさん的な兄弟姉妹はめずらしいですので、統計的な推定値です。

また、ハザード比の計算のため、この2時点の比較として結果が示されましたが、あくまで2時点での大小関係であって、加齢と対応する単調増加であるとは限りません。この記事でいう「低いIQスコア、学校を留年する可能性」については、あまり若すぎてもグラフが上向く傾向が見てとれます。ですので、「研究では、子どもがなんらかの問題を持つ可能性が父親の年齢とともに一定して上昇し、年齢のしきい値がないことも示唆された。」とあるのは、すべてに当てはまるわけではありません。

ハザード比の信頼区間にも、注意がいります。たとえば、双極性障害でのCIは12.12-50.31で、相当にばらつきます。そこを忘れて、数字が固定的なものとしてひとり歩きしそうなのが心配です。スウェーデンでの結果なのも忘れて、人類普遍の倍率のようにとる人も出るでしょう。ひとつ目に挙げた誤解のために、まったく別々の子どもについて、父親の年齢だけから、誰が誰の何倍などと決めつける人も出るかもしれません。以前に社会的手ぬきの記事で触れた「メラビアンの法則」のようにはなってほしくないと思います。

親子関係から恋愛への直接および間接効果

きょう、ハフィントンポスト日本版に、「恋愛がうまくいかない」原因は、親との関係?という記事が出ました。本家のIn A Bad Relationship? New Study Says You Can Blame Your Parentsを、佐藤卓という人が和訳したものです。

「調査対象者の保護者との関係が、現在の彼らの恋愛関係の質と直接関連している」とあって、関連すること自体はふつうの結果ですが、「直接」とあるのは、ややふしぎです。そして、次の段落には「相関関係」とあるので、単純相関が認められたことから、直接関連するという結論へと、直接関連づけてしまったのではと心配しました。一方で、後のほうにある、第一著者の取材回答、「「青年期の頃の保護者との関係が良好なほど、学生時代に高い自尊心を保つことが予測され、それが成人初期の良好なパートナーとの関係につながっていた」と、ジョンソン准教授は米ハフィントン・ポストに対して説明する。」は、直接ではなく、自尊感情を経由する間接効果のことです。なお、この記事は「自尊心」と訳しましたが、原文ではself-esteemで、日本語でふつうに使う「自尊心」はむしろprideに近く、語感がずれて誤解をまねきやすいので、私は「自尊感情」で書きます。それでも、一般的な「自尊」の語感が残ること、特に何もつけない場合は状態自尊感情ではなく特性自尊感情を指すのに、「感情」の語感からのイメージが逆であることなど、訳しにくい用語です。

気になったので、オリジナルの論文、Paths to Intimate Relationship Quality From Parent–Adolescent Relations and Mental Healthにあたってみました。結論は、両方でした。タイトルが図の上なのは心理学者には落ちつかないのですが、Figure 2を見れば解決です。親子関係の質から、直接効果と、自尊感情を経由する間接効果と、どちらもあるのでした。この研究はブートストラップ法を入れて検証しましたが、間接効果は微弱で、ですがゼロではないといえます。

最後に、「「青年期に保護者との関係が非常に困難だった人が、成人初期に、必ずパートナーとの関係の質が下がる運命にあるというわけではない」と、この論文は説明している。」、これは考察の3段落目にあります。一般向けにもこういう点は、言っても理解しない人も出るのですが、それでも言う意味のあるポイントです。この手の知見はなぜか、親から虐待された自分は子どもを持ったら虐待してしまうなどと、特定の変数で将来が確定するようにイメージされたり、その誤解を前提として、整合しない事例を見つけてきて、たとえば虐待を受けたのにふつうに子育てできる人もいる、だからこんなものはうそだ、非科学的だと論破したことにされたりすることがあります。これを防げる、思いこみの性、リスキーなセックス(池上千寿子著、岩波書店)でいうミルトン・ダイアモンドのルール2のような考え方は、意外にむずかしいようです。

それでも、誤解した上で論破したつもりになる、天然系のわら人形論法はともかくとしても、科学的に確定はしなくても可能性があるなら心配だ、気をつけなければと考えるのは、意味のあることです。近年の心理学でも、悲観主義がもつプラスのはたらきが見なおされつつあります。39健康网にきょう出た記事、悲观主义者会活得更长久?では、7本立てのトップバッターですし、楽観主義者ではなく悲観主義者が意外に長生きする事実は、長寿と性格(H.S. フリードマン・L.R. マーティン著、清流出版)にもあります。

オキシトシンでの対人コミュニケーション改善

きょう、サイエンスポータルに、“愛情ホルモン”で対人コミュニケーション障害改善という記事が出ました。オキシトシンの経鼻投与が、マルチモーダルな対人情報処理に影響することを示した研究を紹介しています。

全体としては、よく書けている印象です。二重盲検法の説明があることや、エビデンスから飛躍した応用可能性を前面に出さないことも、適切だと思います。

やや気になったのは、まず、「愛情ホルモン」という表現です。こういう命名をしたほうが親しみやすくなるのはわかりますが、たいていの神経ペプチドは、特定の心理的過程にだけ関与しているということはまずありませんので、その点では誤解をまねくように思います。ほかにも、絆ホルモンと呼ばれたり、最近では経済は「競争」では繁栄しない 信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学(P.J. ザック著、ダイヤモンド社)という本が出たりもしていますが、本来は「子宮の平滑筋収縮による分娩促進や乳腺の筋線維収縮による乳汁の分泌促進などの作用」で知られるホルモンです。

経鼻投与について、「血液中への浸透が早い鼻から投与」という説明は、まちがいではありませんが、やや舌足らずな印象を受けます。血液中に入るところを急ぐのなら、注射がストレートですが、ここでは、中枢へ届く速度と、侵襲的でないことによる実用性の広さや実験参加者への負荷の小ささを意識したのだと思います。経肛門投与では遅いですし、ポピュラーな経口投与では、遅い以前に、オキシトシンを届けることがむずかしいです。

そして、オキシトシンが自閉症や対人認知、対人コミュニケーションに影響するという知見は、ここでの書き方ではまるで今回が世界初のように読めますが、そうではありません。まったく同じ観点のものは、海外にも見あたらないようですが、やや角度の異なるものは、国内にもすでにあります。

伝統的な精神病、神経症に相当するこころの病が、薬物や認知行動療法の発展により、昔よりは対処しやすくなったことで、発達障害とパーソナリティ障害とが、これからますます、強敵としてクローズアップされるでしょう。北京新浪網にきょう出た記事、最恐怖的15大心理疾病は、12番目に「自闭症」を挙げています。そのような中で、このような知見は、意義の大きいものだと思います。ですが、心配なのは、「プロザック社会」化です。対人コミュニケーションが良好になるのは、自閉症とは無関係に、現代人にとっては好ましいことでしょう。すると、治療目的ではなく、明るく過ごし明るくふるまうためにSSRIを常用するのと同じような使いみちが、オキシトシンに対して期待される可能性があります。オキシトシンはもともと体内にある物質なので、副作用はなく安全だなどという理屈をつけて、大きな市場がつくられるかもしれません。

大分県に情緒障害児短期治療施設ができます

きょう、oita-pressに、15年春、大分市に新設 情緒障害児の施設という記事が出ました。再来年の春に、大分県初の情緒障害児短期治療施設が開所となることを報じています。

先週に、佐賀県での情短施設設置の記事を書きましたが、今度は大分県です。これで、九州で情短施設がない県は宮崎のみとなりそうです。ですが、「県内初で九州5例目」とあるのは、佐賀よりも先にできることが確実だからです。佐賀のほうは、平成29年度からの設置を目ざしているところです。

どこにできるのかというと、「施設は大分市芳河原台の約1万平方メートルの県有地に建設予定。」とあります。記事の画像には、「(上)情緒障害児短期治療施設の完成予想図」というキャプションだけがありますが、下がこの施設の建設予定地の地図であることは確実ですので、これを合わせて確認してみると、大分県立大分工業高校の正門を出てすぐ向かいだとわかります。芳河原台11番のうち、11号までは民家ですので、それ以降を使うのでしょう。これだけでは1万平米にはやや足りないような気もしますので、川ぞいの大字鴛野へも、少しだけ張りだすのかもしれません。