生駒 忍

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オキシトシンでの対人コミュニケーション改善

きょう、サイエンスポータルに、“愛情ホルモン”で対人コミュニケーション障害改善という記事が出ました。オキシトシンの経鼻投与が、マルチモーダルな対人情報処理に影響することを示した研究を紹介しています。

全体としては、よく書けている印象です。二重盲検法の説明があることや、エビデンスから飛躍した応用可能性を前面に出さないことも、適切だと思います。

やや気になったのは、まず、「愛情ホルモン」という表現です。こういう命名をしたほうが親しみやすくなるのはわかりますが、たいていの神経ペプチドは、特定の心理的過程にだけ関与しているということはまずありませんので、その点では誤解をまねくように思います。ほかにも、絆ホルモンと呼ばれたり、最近では経済は「競争」では繁栄しない 信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学(P.J. ザック著、ダイヤモンド社)という本が出たりもしていますが、本来は「子宮の平滑筋収縮による分娩促進や乳腺の筋線維収縮による乳汁の分泌促進などの作用」で知られるホルモンです。

経鼻投与について、「血液中への浸透が早い鼻から投与」という説明は、まちがいではありませんが、やや舌足らずな印象を受けます。血液中に入るところを急ぐのなら、注射がストレートですが、ここでは、中枢へ届く速度と、侵襲的でないことによる実用性の広さや実験参加者への負荷の小ささを意識したのだと思います。経肛門投与では遅いですし、ポピュラーな経口投与では、遅い以前に、オキシトシンを届けることがむずかしいです。

そして、オキシトシンが自閉症や対人認知、対人コミュニケーションに影響するという知見は、ここでの書き方ではまるで今回が世界初のように読めますが、そうではありません。まったく同じ観点のものは、海外にも見あたらないようですが、やや角度の異なるものは、国内にもすでにあります。

伝統的な精神病、神経症に相当するこころの病が、薬物や認知行動療法の発展により、昔よりは対処しやすくなったことで、発達障害とパーソナリティ障害とが、これからますます、強敵としてクローズアップされるでしょう。北京新浪網にきょう出た記事、最恐怖的15大心理疾病は、12番目に「自闭症」を挙げています。そのような中で、このような知見は、意義の大きいものだと思います。ですが、心配なのは、「プロザック社会」化です。対人コミュニケーションが良好になるのは、自閉症とは無関係に、現代人にとっては好ましいことでしょう。すると、治療目的ではなく、明るく過ごし明るくふるまうためにSSRIを常用するのと同じような使いみちが、オキシトシンに対して期待される可能性があります。オキシトシンはもともと体内にある物質なので、副作用はなく安全だなどという理屈をつけて、大きな市場がつくられるかもしれません。