生駒 忍

記事一覧

つらい体験は人をポジティブにするでしょうか

きょう、ハフィントンポスト日本版に、「つらい体験」がもたらす良い点とは:研究結果という記事が出ました。先週にHuffington Postに出た記事、New Study Says There's An Upside To Experiencing Hardshipを日本語に訳したものです。

ここで紹介された研究の発表先は、「学術誌「Journal Social Psychological and Personality Science」」とあって、おかしな雑誌名だと思った方も多いと思いますが、これは原文にあったものそのままのようです。正しくは、Social Psychological and Personality Scienceです。SPPSは、表紙ではPsychonomic Societyの雑誌のように、andではなく&を使っていますが、正式名称はandのほうのようです。

記事タイトルになったのは、「しかし、「過去につらい思いを経験した人は、ものごとを楽しむ能力が高まっている」ことも、研究チームは発見した。」というところです。こういったかたちの実証データで示したところに意義があるわけですが、直観的にも納得がいくところでしょう。きょうのニュースを見ても、そういったものがいくつも見つかります。たとえば、佐賀新聞のサイトの記事、生活や福祉の在り方語る 障害者の主張大会には、岡本敬治という中途障害者が写真入りで登場しますが、交通事故、視覚障害、自暴自棄、その先で人の役にたつよろこびを知り、「視覚障害者になってやりがいのある仕事ができて良かったと思える」そうです。また、こちらはネガティブな話題ですが、神戸新聞NEXTの記事、金属バットで殴打 43歳女アメとムチで支配か 中3監禁虐待では、尼崎の男子中学生監禁性的虐待事件について、主犯とされる容疑者は金属バットでなぐるなどの暴力の一方で、食事の提供を組みあわせて、少年たちを手なずけていたようで、継続的なDVを思わせるところがあります。もちろん、もっと多くの人にあることでも、コントラストが人生のよろこびを増すことは、よくあります。最近のまんがで言えば、あたしンち 19(けらえいこ作、メディアファクトリー)のNo.17や、毎日かあさん10(西原理恵子作、毎日新聞社)の「できれば優しい人」の世界です。

ですが、念のため注意をうながしておくと、本文を読んでいないので今回の記事とアブストラクトからの想像ですが、この研究は横断的研究、後ろ向き調査のかたちをとっているようです。つらい体験から元へと立ちなおれるだけの「強さ」のあるポジティブな人は、つらい体験で人生につまずき、自殺した人、体調をくずし命を落とした人、またはなお闘病中の人、くらしの安定を失った人、ひと目につきにくい生活へ追いこまれた人などにくらべて、調査対象としてサンプリングされやすい位置にいる可能性が高そうです。すると、つらい体験をした人の標本は、元からポジティブだった人の割合が高めになりますので、そのままで比較すれば、平均的に見てよろこびを感じやすい特徴があらわれやすくなるでしょう。YOMIURI ONLINEにきょう出た記事、「自殺の長男埋めた」市課長夫婦と長女、心中かで、舞台となった坂井田家の長男はいじめ被害にあい、不登校、引きこもり、そして自殺して庭に埋められたとみられていて、つらい体験から死の転帰をとる、悲しい例を示しています。

佐賀県に情緒障害児短期治療施設ができます

きょう、佐賀新聞のウェブサイトに、情緒障害児に短期治療施設の考え 古川知事という記事が出ました。きのうの県議会での知事答弁を取りあげています。

わかりにくい記事タイトルですが、民設民営でしたら「設置する」よりも「設置させる」と書くほうが適切であることをのぞけば、本文1文目にあるとおりです。児童福祉法43条の2に定める情緒障害児短期治療施設は、九州でまだないのは佐賀県、大分県、宮崎県の3県になりました。全国では38か所あり、記事に「全国30道府県に設置されている」とあるのは、複数ある府県もあるためです。確認したところ、大阪府にはそのうち5施設が集中していて、前に障害者虐待統計の記事で大阪の突出ぶりに触れたのを思い出しました。大都市だからという見方もできますが、大都市だけにきびしい少子化が続いていますし、東京都にはひとつもない施設です。

2段落目は、情短施設の一般的な傾向について述べています。家族心理学 家族システムの発達と臨床的援助(中釜洋子・野末武義・布柴靖枝・武藤清子著、有斐閣)にも、「以前は,不登校,家庭内暴力などの問題を抱えた子どもたちが多かったが,現在は被虐待児と呼ばれる子どもの入所が過半数を占める。」とあります。

知事の答弁内容について、「できるだけ早い施設が必要だと判断」、「教育、医療など超えるべき課題」と、不自然な表現や表記がとられているのが気になります。佐賀県議会インターネット中継で見ていた方はいますでしょうか。

被虐待児への支援の機会がひろがるのは、よいことだと思います。先週の第261回中央社会保険医療協議会総会でも、昨年度の児童虐待相談件数が66701件で、年々増加していることが取りあげられたようですし、自分とは関係のないものと思わずに、多くの方が関心を持つことも望みたいと思います。そういえば、きょう、マイナビウーマンに、外国人の顔が同じに見える心理「自分と関係ないものを排除する人間心理」という記事が出ました。私は、ひろがる認知心理学(生駒忍編、三恵社)にも書いてもらっている他人種効果を、外集団同質性原理で説明するのも、「外集団同室性原理」という表記も、ここで初めて見ました。茶人と茶の湯の研究(熊倉功夫編、思文閣出版)に影響されたのでしょうか。

犬と飼い主との目元が似て見えるという研究

きょう、asahi.comに、愛犬と飼い主 目がそっくりという記事が出ました。Anthrozoösの電子版で1日から公開されている、Dogs and owners resemble each other in the eye regionという論文の紹介で、「顔全体の雰囲気」ではなく「それぞれの目元」が重要だという著者の取材回答がつきます。

私は、この論文はアブストラクトしか確認できていないのですが、その範囲で引っかかることがあります。実験参加者の人数と属性です。朝日の記事では、「学生ら計547人」とありますが、アブストラクトでは、"In total, 502 Japanese undergraduate students participated in the study."となっています。また、カタカナで「シバイヌ」とあるのも、意味は通じますが、一般的ではない表記のように思います。ありがとう! わさびちゃん(わさびちゃん著、小学館)で、「シメジわさび」とあるのを見て、しめじもひらがなのほうが、私には落ちつくように思われたのを思い出しました。

文化功労者中井久夫と『心的外傷と回復』

きょう、ことしの文化勲章受賞者と文化功労者とが発表されました。今回は、心理学関係から3名が同時に選ばれていて、大変おどろくと共に、よろこばしく思っています。年齢順に、中井久夫、山岸俊男、松沢哲郎で、後2者はすでに紫綬褒章の授与を受けています。

まだ紫綬褒章のない中井は、途方もなく広範な才能を発揮してきた方ですが、「評論・翻訳の中井久夫」という位置づけで報じられていて、長く在籍した神戸大での本業というよりは、文学者としての側面を評価されたようです。ヴァレリーやギリシャ語詩に関しては、私の感性などからいえるようなことはありませんが、記憶研究にかかわる者としては、心的外傷と回復(J.L. ハーマン著、みすず書房)を持ちこみ広めたことには、今なお引っかかるところはあります。自閉症理解を混乱させたベッテルハイムの自閉症・うつろな砦 12(みすず書房)もそうですが、文章として引きこまれる美しさや感動と、内容の正しさ、真実性とをきちんと分けて読まれるとは限りません。心理学をかじった人なら、ハロー効果、認知的不協和、ヒューリスティックなどがすぐに思いあたるところでしょう。ですが、そうだからこそ、ここは手ごわいのです。そのハーマンの主張が崩れていく過程がえがかれた怪しいPTSD 偽りの記憶事件(矢幡洋著、中央公論新社)は、あとがきまで含めて興味深い本なのですが、ハーマンの文章、中井の訳にはまった人には、こちらはことばづかいのレベルで受けいれられないかもしれません。なお、学術書でこの話題を読みたい方には、抑圧された記憶の神話 偽りの性的虐待の記憶をめぐって(E.F. ロフタス・K. ケッチャム著、誠信書房)をおすすめします。それでも、ハーマンによる脅迫を含む理解しがたい言動も収録されていて、クールに読める本ではありません。

もちろん、数多い中井ファンがどうかまではわかりませんが、中井本人は、考えを変えることのできる方のはずです。精神科医がものを書くとき(中井久夫著、筑摩書房)では、斎藤環が解説を寄せて、オクノフィルの中井が一般化、体系化に固まる人物ではないところを評価しています。また、治療の聲 11巻(星和書店)の座談会は、中井が言うには独演会ということですが、alertnessを途中から「アンテナ感覚」と訳すようにしたお話が出てきます。

韓国人の「他人と張り合う心理」の伝言ゲーム

きょう、新華経済に、韓国人の「人と張り合う心理」、外国人との比較で明らかに―中国メディアという記事が出ました。The Journal of Neuroscience第33巻に掲載された、Neural evidence for individual and cultural variability in the social comparison effectという論文の内容紹介です。

文化差の認知神経科学的研究として、興味深い結果を報告していると思いますが、私がそれ以上に注意をひかれたのは、その知見が伝言ゲーム状態でこの日本語記事まで到達したことです。冒頭の段落は、「韓国の朝鮮日報が、韓国人が他人の視線を気にしすぎることが心理実験で明らかになったと報じた。中化新網が伝えた。」となっています。すると、J. Neurosci.の論文を、朝鮮日報が取りあげ、それを中化新網が報じ、そして新華経済の日本語記事になったと考えられます。この展開に、心理学者なら想起の心理学 実験的社会的心理学における一研究(F.C. バートレット著、誠信書房)を思いうかべるでしょう。たしかに、記事を見ると、リレーの過程でくずれたのではないかと思われる印象があります。説明のあちこちがややぎこちないのも、単に浦上早苗という人の腕の問題ではない気もしますし、もっとわかりやすいのは、4名の連名による論文だったのが、最初と最後の2名の研究のようになってしまっている点です。

そういえば、同じくきょう、证券之星という経済ニュースサイトに、女生施虐被追捕 被脱光逼拍性虐待MV现场大曝光(图)という記事が出て、タイトルからしてあまりの悪趣味にぎょっとしましたが、この記事は吉和网の女生施虐被追捕 被逼拍性虐待MV皮鞭抽打屁股の転載でした。その記事には、今度は「来源:人民网 大众网」とありました。また、画像がいかにもあちこち回されてきたように見えるので、ほかを探してみると、たとえば龙虎网の7名女生将女同学脱光暴打 逼迫喝马桶水被追捕には、また別のルートを通ったと思われる画像があります。一方、人民网の女生遭暴打喝马桶水被拍视频 7名施虐女生被追捕は、画像のない記事で、それの転載元である北京晨报の广东7名施虐女生被追捕にもありません。そして、これらが共通して出所として挙げているのが羊城晚报ですが、その記事は金羊网の四年前施虐同窗录下视频炫耀 河源七女生今被追捕になるようです。