生駒 忍

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「情けは人のためならず」調査の報道のぶれ

きょう、YOMIURI ONLINEに、情けはボクのためになる…幼児で親切の効用実証という記事が出ました。出たといっても、あの研究の紹介は、ほかの新聞社のサイトには、8日に出ていますので、今さらという感じかもしれません。読売は、最後に「人間の認知や行動に詳しい小田亮・名古屋工業大准教授」のコメントをつけていて、これが記事の遅れの原因なのか、それとも特落ちのようになってしまったので、オリジナリティを加えてはずかしさを減らそうとしたのか、そのあたりはわかりません。ほか3社の記事を、サイト掲載時刻順に、ならべておきます。

日経 「情けは人のためならず」園児観察で実証 阪大 10:07

産経 「情けは人のためならず」を初実証 阪大グループ 11:00

毎日 幼児の親切:友だちから11倍以上の頻度で「お返し」 15:19

朝日はというと、まだ取りあげていません。きょう午後に、飼い主のあくび、絆深いなら犬もつられ… 東大など研究という記事を出しましたので、PLOS ONEを無視しているわけではないはずです。

問題は、新聞社によってぶれがあることです。紹介の内容は、どこも同じになりそうですが、よく見るとそうでもありません。直接に、対象の論文、Preschool children's behavioral tendency toward social indirect reciprocityをあたってみると、出典からの明らかなずれが見つかります。優秀な記者は、もうどこでも夏休みなのでしょうか。

まず、共同通信の配信で一番乗りの日経では、「親切児が親切をした場合と、しなかった場合を約250回にわたり比較した結果」とあって、何百回も比べる作業をしているような書き方です。毎日や読売が「計283回」と書いて、おおむね正しくその説明をしていますが、こちらの「約250回」は、出所のわからない数字でもあります。また、日経では、「米オンライン科学誌プロスワンに8日発表した」とありますが、PLOS ONEでは7日付になっていて、産経や毎日も7日付としています。日本時間では、もう8日に入っていたというタイミングだったのでしょうか。なお、読売は、1週間の出おくれのためなのか、日付を書いていません。

産経は、よく書けていると思いますが、冒頭で、「他人に親切にした人は第3者から親切を受けやすいというヒト特有の行動の仕組み」が確認された研究のように書きだしています。そして、他社と同じように、結局は現象レベルのことだけで、「仕組み」を解きあかすことはしていません。そういう行動をさせる「仕組み」の存在を確認したという意味だとしても、ある行動を確認することが「仕組み」の存在確認になってしまっては、まるで本能論の時代へ戻ったようです。また、第三者という熟語を「第3者」と書くのは、日本語として好ましくないと思います。タイトルにある「初実証」も、すわりの悪い日本語です。

毎日は、調査場所を「大阪市内の保育園」と書いています。論文には"a private nursery school in Osaka prefecture, Japan"とあり、他3社は「大阪府内」と書いていて、市内なら府内でもあるのですが、市内で合っているのでしょうか。もし、市内で的中していたとしても、公刊論文がぼかした情報を、あえて公表する特段の公益性があるとも思えません。また、最後の段落の、「困っている他人を見過ごせない「利他性」はヒトに特有とされる。」も、困った表現です。他「人」に関することは、ヒト以外の種で考えることがそもそもできませんし、他個体への利他性でしたら、ほかの種でもある程度見られるものです。読みやすいところで、別冊日経サイエンス155 社会性と知能の進化(日経サイエンス社)をおすすめします。

最後に、読売です。「5~6歳の園児約70人の行動を観察」とあって、70人ちょうどを対象にしていたのに、「約」がついていて、論文の数値をうたがっているかのようです。そして、実験結果について、「好意的な言葉で話しかける回数も約2倍に」とありますが、「約2倍」となったデータは、そのような話しかけだけでなく、接触行動や接近行動などもふくめた、親和的行動全体のものです。

一方で、どの新聞社のものでも同じで、それなのに論文との素朴な対応を考えると不自然なところがあります。代表者名です。8日に出た3記事ではどれも「大西賢治助教(発達心理学)ら」、きょうの読売では「大西賢治助教ら」で、どの報道も、連名の4人のうち、2番目の名前で代表させているのです。筆頭著者のMayuko Kato-Shimizu(清水真由子)特任研究員も、ポスト的に「偉い」立場のToshihiko Hinobayashi(日野林俊彦)教授も、記事にはまったく登場しません。もちろん、この論文では、大西賢治助教からも筆頭著者と同等の貢献があったと宣言されていますが、それでも、ここまでしてどこも、2番目だけを出しているのは、とてもふしぎです。この論文についての、阪大の研究成果リリースは、第1著者と第2著者とを、きちんとその順番で出しているので、さらにわからなくなります。

行橋京都児童発達相談センター開設の報道

少し前のことになりますが、毎日新聞の京築版に、山本紀子という記者が、児童発達相談センター: 行橋に開設 臨床心理士ら、平日は毎日対応という記事を書きました。相談援助の場が増えるのは、とてもうれしいことですし、こうして周知されるのも、ありがたいことです。ですが、この記事には、やや適切でないところもあります。

冒頭から、「落ち着きがなくパニックになりやすい子供などの発達相談と診察」の場という書かれ方がされていて、例示としてまちがいではありませんが、かたよったイメージを持たせてしまうかもしれません。また、「当事者はこれまで、他市の病院に足を延ばすか、保健所での月1回の往診を待つしか」という表現は、大辞林 第三版(三省堂)がとった「足を伸ばす」という表記ではないことは気にしなくてよいと思いますが、「足を延ばす」という慣用句はふつう、どこかに外出をしたときに、その行き先からさらにもうひと息という場合に使うものでしょう。すると、近所の専門外の病院に行ってから、出なおさずに直接、「他市の病院」へと移動するということになります。もちろん、他を紹介されて、矢も楯もたまらず直行する方もいるでしょうし、子どものためを思って一刻も早くという気持ちを否定するつもりはありませんが、帰宅せずに直接移動をしないと、あとは保健所の往診以外にありえないのでしょうか。いったんは帰って、じっくり考えたり家族と相談してからにしたり、最初から「他市の病院」へ直接行ったりする方も、認めてほしいです。

そして、「発達障害の子は、国の調査で小中学校に6・5%いる可能性が指摘されている。」です。これは、文科省が昨年に調査して発表した、通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果についてのことでしょう。今回にかぎらず、たびたび報道等に使われていますが、しばしば、数値のひとり歩きのようになってしまうものです。まず、あの調査は、「全国(岩手、宮城、福島の3県を除く)の公立の小・中学校の通常の学級に在籍する児童生徒を母集団とする。」というものです。私学はまったく入っていませんし、それ以上に注意すべきなのは、文書のタイトルに「通常の学級に在籍する」とあるところで気づいてよいはずなのですが、特別支援学級ははずされていることです。また、これももう、タイトルにもあることなのですが、「本調査の結果は、発達障害のある児童生徒数の割合を示すものではなく、発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒の割合を示す」ところを、「特別な教育的支援を必要とする」面はとばして、「発達障害の可能性」だけにされがちなところも、批判的にみられることがあります。さらに、報告書は、推定値だけでなく、その95%信頼区間への留意も求めているのですが、これはさすがに、一般紙ではむずかしいと思います。心理学者の世界でも、信頼区間を理解できていない人がほぼ一掃されたのは、伝えるための心理統計(大久保街亜・岡田謙介著、勁草書房)が出てからだと言ったら、さすがに言いすぎでしょうか。

なお、このセンターについては、行橋市のウェブサイトにある、行橋京都児童発達相談センター「ポルト」の開設につてでも知ることができます。FAX番号など、記事中にはない情報もあります。

D4受容体と辛味と人体Ⅲとのからみ

オピニオンサイトのアゴラには、今日のリンクというコーナーがあります。アゴラ編集部の方が、興味深い話題を硬軟とり混ぜて、オムニバス的に紹介するものです。先日、そこに、常軌を逸し始めた韓国というタイトルの記事が出ました。この中で、QLife Proという医療ニュースサイトの、激辛好きは冒険好きという記事が取りあげられました。Psychological Scienceにあってもおかしくはないような、親しみのもてる内容なのですが、アゴラでの取りあつかいも含めて、気になるところがあります。

まず、QLife Proの記事についてです。これは、先月中旬に開催されたIFT13での、ある大学院生の発表の紹介です。この研究では、Arnett Inventory of Sensation Seekingという質問紙を用いています。測定対象であるsensation seekingは、この記事では「冒険心」であるとみなしていて、訳として考えると、意外によい意訳と思います。くわしい実験手続きが書かれていないので、相関係数がひとつ算出されておしまいの研究のようにも見えますが、半月ほど前に、FOOD PRODUCT DESIGNのウェブサイトに出た、この研究を取りあげたFiery Personalities Prefer Spicy Foodsという記事を見ると、そこまで単純ではなかったようです。

さて、それを引いたアゴラの記事へ戻りましょう。そこでは、よくも悪くも、元の記事にはあまり準拠しない書き方がされています。「冒険心」を、アゴラのほうでは「新奇探索傾向」と呼びかえています。そして、QLife Proの記事には、せいぜい「辛み成分が神経に与える刺激がカギとなっている可能性も」というくらいしかないところを、アゴラでは、神経生理や遺伝のお話へとからめていきます。

ですが、そこは読者の頭の中で補足や修正をしていかないといけない、不十分で不正確な書き方になっている上に、おそらくですが、出所があります。「新奇探索傾向」がnovelty seekingのことだと見ぬいた上で、TCIのものは主に「新奇性追求」と訳されるわけで、有名な心理学者が、「新奇性追及」や「新規性追求」といった、語感がずれる表現を使っているのを見かけることもありますが、「新奇探索傾向」は特徴的であるところまで行けば、もうひと息です。「11番染色体の第4受容体」というおかしな表現も、ヒントになるでしょう。前世紀の末にNHKスペシャルで放送された、驚異の小宇宙 人体Ⅲ 遺伝子 第5集 秘められたパワーを発揮せよ 精神の設計図です。

あの回は、ちょうどこの話題のところで、制作ミスがあったはずです。「新奇探索傾向」という用語を出して、これが11番染色体に関連があることを、あのシリーズ恒例の本のたとえで表現した後で、例としてまず、中年男性が出てきますが、その画面の中に、「第4レセプター遺伝子の繰り返し配列 7回」と出ます。ですが、これに関する説明は、次に例として出てくる若者の後で、やっと行われますので、あの時点では、一般の視聴者にはとてもついていけなかったものと思います。専門家が見たとしても、「第4レセプター」という表現は一般的ではありませんので、D4受容体のことだと気づかなければ、困惑するでしょう。研究者でこの表現を使っているのは、私の知るかぎりではただひとり、3月まで熊本大学教授だった吉永誠吾という方だけで、それも、「人体Ⅲ 遺伝子」の全6回をひと通り紹介しているように見せて、実際には第6集 パンドラの箱は開かれた 未来人の設計図が落ちていて、この第5集を6番目のように位置づけた、ふしぎな論文の中でのことです。説明の順序のミスは、今市販されているDVDでは、ひょっとするともう修正ずみだったりするのでしょうか。

なお、これは科学番組としてはしかたがなく、修正という対応を考えるのはむしろ変なのですが、紹介された「新奇探索傾向」と48-bp VNTRとの関連は、後のメタ分析で、疑問視されています。Biological Psychiatry第63巻の、Association of the dopamine D4 receptor (DRD4) gene and approach-related personality traits: Meta-analysis and new dataです。このVNTRは、むしろADHDとの関連がいわれているようです。たしかに、第5集に出てきた2名とも、もちろん社会に適応できていますが、衝動的で落ちつかない人生を送っているともいえるでしょう。そして、「新奇探索傾向」は、ここではなく、rs1800955と関連しているようです。

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