オピニオンサイトのアゴラには、今日のリンクというコーナーがあります。アゴラ編集部の方が、興味深い話題を硬軟とり混ぜて、オムニバス的に紹介するものです。先日、そこに、常軌を逸し始めた韓国というタイトルの記事が出ました。この中で、QLife Proという医療ニュースサイトの、激辛好きは冒険好きという記事が取りあげられました。Psychological Scienceにあってもおかしくはないような、親しみのもてる内容なのですが、アゴラでの取りあつかいも含めて、気になるところがあります。
まず、QLife Proの記事についてです。これは、先月中旬に開催されたIFT13での、ある大学院生の発表の紹介です。この研究では、Arnett Inventory of Sensation Seekingという質問紙を用いています。測定対象であるsensation seekingは、この記事では「冒険心」であるとみなしていて、訳として考えると、意外によい意訳と思います。くわしい実験手続きが書かれていないので、相関係数がひとつ算出されておしまいの研究のようにも見えますが、半月ほど前に、FOOD PRODUCT DESIGNのウェブサイトに出た、この研究を取りあげたFiery Personalities Prefer Spicy Foodsという記事を見ると、そこまで単純ではなかったようです。
さて、それを引いたアゴラの記事へ戻りましょう。そこでは、よくも悪くも、元の記事にはあまり準拠しない書き方がされています。「冒険心」を、アゴラのほうでは「新奇探索傾向」と呼びかえています。そして、QLife Proの記事には、せいぜい「辛み成分が神経に与える刺激がカギとなっている可能性も」というくらいしかないところを、アゴラでは、神経生理や遺伝のお話へとからめていきます。
ですが、そこは読者の頭の中で補足や修正をしていかないといけない、不十分で不正確な書き方になっている上に、おそらくですが、出所があります。「新奇探索傾向」がnovelty seekingのことだと見ぬいた上で、TCIのものは主に「新奇性追求」と訳されるわけで、有名な心理学者が、「新奇性追及」や「新規性追求」といった、語感がずれる表現を使っているのを見かけることもありますが、「新奇探索傾向」は特徴的であるところまで行けば、もうひと息です。「11番染色体の第4受容体」というおかしな表現も、ヒントになるでしょう。前世紀の末にNHKスペシャルで放送された、驚異の小宇宙 人体Ⅲ 遺伝子 第5集 秘められたパワーを発揮せよ 精神の設計図です。
あの回は、ちょうどこの話題のところで、制作ミスがあったはずです。「新奇探索傾向」という用語を出して、これが11番染色体に関連があることを、あのシリーズ恒例の本のたとえで表現した後で、例としてまず、中年男性が出てきますが、その画面の中に、「第4レセプター遺伝子の繰り返し配列 7回」と出ます。ですが、これに関する説明は、次に例として出てくる若者の後で、やっと行われますので、あの時点では、一般の視聴者にはとてもついていけなかったものと思います。専門家が見たとしても、「第4レセプター」という表現は一般的ではありませんので、D4受容体のことだと気づかなければ、困惑するでしょう。研究者でこの表現を使っているのは、私の知るかぎりではただひとり、3月まで熊本大学教授だった吉永誠吾という方だけで、それも、「人体Ⅲ 遺伝子」の全6回をひと通り紹介しているように見せて、実際には第6集 パンドラの箱は開かれた 未来人の設計図が落ちていて、この第5集を6番目のように位置づけた、ふしぎな論文の中でのことです。説明の順序のミスは、今市販されているDVDでは、ひょっとするともう修正ずみだったりするのでしょうか。
なお、これは科学番組としてはしかたがなく、修正という対応を考えるのはむしろ変なのですが、紹介された「新奇探索傾向」と48-bp VNTRとの関連は、後のメタ分析で、疑問視されています。Biological Psychiatry第63巻の、Association of the dopamine D4 receptor (DRD4) gene and approach-related personality traits: Meta-analysis and new dataです。このVNTRは、むしろADHDとの関連がいわれているようです。たしかに、第5集に出てきた2名とも、もちろん社会に適応できていますが、衝動的で落ちつかない人生を送っているともいえるでしょう。そして、「新奇探索傾向」は、ここではなく、rs1800955と関連しているようです。