生駒 忍

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否定語を認識できない脳とSNSの利用制限

きょう、PRESIDENT Onlineに、固い決意「スマホを見過ぎない」はむしろ逆効果という記事が出ました。

「習慣化のコンサルティングをしていて、挫折するスタート地点でよくある失敗は「~しない」という行動を決めているケースです。」、冒頭からもう、私はつまずいてしまいました。「挫折するスタート地点で」という書き方が読みにくいこともありますが、「「~しない」という行動」、死人テストにかけるまでもなく、おかしいと感じてしまいます。ですが、実はこのつまずきが、ここでの主張の本題とかかわるのでした。第15回精神保健福祉士国家試験の記事で取りあげた、ついていけない開頭手術を思い出しました。

「心理学では、脳は「否定語」を認識できないといいます。」、皆さんは肯定しますでしょうか。否定語とは、「~しない」のことを指しているようですので、フェリー沈没事故への発言の記事で触れた「脳は主語を理解できない」説に似ていますが、こちらは述語を理解できないとでも言うべきものです。「否定語」と、かぎかっこでくくったのも気になりました。ふと、日テレNEWS24にきょう出た記事、JRの列車内異臭は「臭豆腐」が原因かを思い出しました。私は本場で一度しか食べたことがありませんが、日本の電車であのにおいがしたら、さわぎになるのもしかたがないと思います。

さて、「悪い習慣をやめる! という目標ではなく、「~する」という代替行動を決めなければいけない」とします。専門用語をさけて読みやすくしつつも、代替行動という表現をとることで、無学なのではなく、「~しない」が行動ではないとわかって当然の分野の知識はあるように見えるかもしれません。

「テレビを見ない」ではなく、「テレビのコンセントを毎日抜く」がよいそうです。毎日抜くためには、毎日また入れもどさないといけないので、ふしぎな儀式になりそうです。はじめから抜いたままのほうが「見ない」の実現にはよさそうですが、抜いたままは行動ではありません。あるいは、大量のたこ足を用意してから、毎日抜いていくイメージでしょうか。

「他人に振り回されない」ではなく、「SNSやLINEを見るのは、電車の移動中だけにする」がよいそうです。反応説や反応制限説の感覚からは、やたらと電車で移動したがるようになりそうです。それで他人を振りまわすようにはならないことを、願いたいと思います。

「「スマホを見すぎない」という曖昧かつ、行動志向ではない習慣行動を3つの質問で変えていきましょう。」として、具体的な提案で締めます。テレビの例とは異なり、「見ない」ではなく「見すぎない」です。テレビは見なくても意外に問題ないもので、親王妃にもなれますし、テレビの仕事であれほど成功した池上彰も、メディアの仕組み(池上彰・津田大介著、夜間飛行)で、自分ではテレビを見ないと明かしました。一方で、スマートフォンは、あっという間に日常の一部となってしまい、もはやゼロにはできないのでしょう。Facebookのうその記事で取りあげたように、展覧会という非日常にまで入りこんでいるのです。あるいは、同じくPRESIDENT Onlineに5か月前に出た記事、なぜ、スマホ使用「0時間の子」は「2時間未満の子」より点数が劣るのかでも取りあげられた「「への字」相関」のデータを意識しているのでしょうか。