生駒 忍

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相対的剥奪はしたくてもできない状態です

シリーズ第9弾です。

ワークブック318ページに、「タウンゼント(Townsend, P.)は、所属する社会で標準的とされる生活様式や習慣、活動に参加できない状態を貧困ととらえ、当たり前とされる生活から外れることを相対的剥奪として、新しい貧困観を提示した。」とあります。タウンゼントのつづりは、専門家にもまちがわれやすいようで、世代・ジェンダー関係からみた家計(小泉眞麻子著、法律文化社)は、引用文献のところでは"Townsent"と書くありがちな誤りをくり返していますし、MINERVA福祉資格テキスト 社会福祉士・精神保健福祉士 共通科目編(ミネルヴァ書房)では、ほかではあまり見かけることのない、"Thownsend"という誤り方をしていますが、このワークブックでは正しく書けています。ですが、相対的剥奪の説明としては、これでは誤解をまねくように思われます。

まず、先にふれておくと、相対的剥奪という用語は、タウンゼントがつくり出したものではありません。American soldier: Adjustment during army life(S.A. Stouffer著、Sunflower University Press)が初出であることは、タウンゼントも認めています。

では、タウンゼントのいう相対的剥奪とはどんな状態かというと、「人々が社会で通常手にいれることのできる栄養、衣服、住宅、居住設備、就労、環境面や地理的な条件についての物的な標準にこと欠いていたり、一般に経験されているか享受されている雇用、職業、教育、レクリエーション、家族での活動、社会活動や社会関係に参加できない、ないしはアクセスできない」、これはInternational analysis of poverty(P. Townsend著、Harvester Wheatsheaf)からの、高齢期と社会的不平等(平岡公一編、東京大学出版会)にある和訳です。また、あの大著、Poverty in the United Kingdom: A survey of household resources and standards of living(P. Townsend著、University of California Press)の915ページ、"the absence or inadequacy of those diets, amenities, standards, services and activities which are common or customary in society"でもよいでしょう。ほかに、31ページも有名ですが、長くなるので、ここでは引きません。

ワークブックの記述では、貧困と相対的剥奪とが分けられていますが、実際のところは、必ずしも明確ではありません。さきほどの915ページには、"If they lack or are denied resources to obtain access to those conditions of life and so fulfil membership of society, they are in poverty."ともあります。広くまとめて、相対的剥奪の定義としてあつかったほうがよいかもしれません。

また、ワークブックで相対的剥奪として示されているのは、「当たり前とされる生活から外れること」ですが、この表現は適切ではありません。そのあたりまえの、ディーセントなくらしもできるのに、あえて外れるような場合は、相対的剥奪には含めないはずです。飽食の時代に食べないことを志向するダイエット、日本で必死で貯金して途上国でゆるい日々を送る外こもり、大寺院に属しながらの壮絶な荒行、いずれも相対的剥奪とは考えにくいでしょう。相対的剥奪は、できるのにしない状態ではなく、どんなにしたくてもできない状態であるということが、ここの表現からはつかみにくいと思います。

ちなみに、できるのにしないという選択の議論は、このワークブックではすぐ後に登場する、センのケイパビリティ論へとつながります。ごく大まかにいえば、選択の自由の幅が広いことを重要視することになります。ですが、いろいろな選択肢が手もとにそろうのが、ほんとうに豊かで、よいことなのかは、むずかしいところです。あえて質素なくらしに徹した先人たちを論じた清貧の思想(中野孝次著、文藝春秋)からは、所有をなくすほど精神の自由がひろがるというような考え方をかいま見ることができます。心理学者による古典では、自由からの逃走(E. フロム著、東京創元社)はもちろんですが、ウォールデン ツー(B.F. スキナー作、誠信書房)も興味深いでしょう。そして、最近では、さらに別のアプローチも見つかります。Xイベント 複雑性の罠が世界を崩壊させる(J. キャスティ著、朝日新聞出版)では、複雑性が高まりすぎて確率的にさえ予測がむずかしい問題の問題が論じられますが、その中で、経済力がある人ほど選択肢が増えていってしまうことへの言及があります。また、1週間ほど前のWSJの記事に、When Simplicity Is the Solutionという、キャスティの問題提起にもつながるものがありました。80万本を超すアプリを配信するAppストア、ランチメニューなどを除いてもメニューが240種を超すチーズケーキファクトリーなどを例に出して、複雑化することの問題を示し、単純に、簡潔にするよさを述べています。そして、この主張は、その名もずばりのSimple(A. Siegel & I. Etzcorn著、Grand Central Publishing)という本として、そろそろ出版されるようです。