生駒 忍

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甲状腺がん統計と地震予知とマルチタスクの害

きょう、asahi.comに、甲状腺がん、疑い含め75人 福島の子、県が調査という記事が出ました。きょうの第14回「県民健康管理調査」検討委員会での報告を報じたものです。

反原発運動に肩いれしていると言われてもしかたのない朝日新聞社ですが、この記事は冷静で、すなおに書かれた印象です。「結果がまとまった25万4千人のうち75人が甲状腺がんやがんの疑いがあると診断」、「昨年11月より検査人数は約2万8千人、がんは疑いも含めて16人増えた。」と、調査の分母を明らかにして数値を出したのは、とてもよいと思います。統計の基本的な考え方ができる人なら、巨大な調査であること、標本を万の単位で増やせば発見数の増加はあって自然なことがわかるでしょう。75人とあるのは、もう手術ずみの人も数えたのべ人数で、現在甲状腺がんの人の数ではありませんので、減ることはありませんし、がんは人類に昔から、原子力事故とは無関係にあるものですので、人間が住んでいれば世界中どこで調べても、のべ人数なら永遠に増えつづけます。なお、この75人には、手術したところがんではなかったと判明した人や、がんであったともなかったとも確定できなかった人も数えてあります。

増加数の直後に「県は「被曝(ひばく)の影響とは考えにくい」としている。」と書くと、被害者を無視する行政と思われそうですが、考えにくいといえる根拠まできちんと読んでほしいと思います。後の段落に、「チェルノブイリ事故で子どもの甲状腺がんが増えたのは、発生後4、5年からだったことなど」が理由としてあります。それならば今調べる必要はないと誤解されそうですが、ほんとうに増えるかどうか、どのくらい増えるかを知るには、比較対象があってはじめて、それと比べて増えたといえるので、きちんと基準を固めることが重要なのです。

同じものを、毎日新聞のウェブサイトは、福島第1原発:県民調査 甲状腺がんの子ども増えると報じました。うそを書いてはいませんが、事故と人数増とが結びついて見える記事タイトルにしてあるのは気になります。ちなみに、きょう見かけた記事で、もっとタイトルが不適切だったのは、山陽新聞のウェブサイトに出た、重度障害者の家族に独自支援 岡山県議会で知事表明です。特別児童扶養手当を独自に拡充するようなものかと思ったら、医療機関等への補助で、結果的に家族のメリットになるだろうというものでした。さて、毎日の記事は、標本数を示さず、タイトルのとおり増えている印象を強く持たせるものです。それでも、後の段落が、朝日の記事にあったものとはまた別の視点で、行政側が逃げているイメージとともに、原子力事故の影響ではない可能性も示唆するかたちです。「症状のない人も対象にこれだけ大規模な調査」はこれまでされず、陽性の定義を広げれば割合が増えるのは自然なことです。これまであまり考えられてこなかった「おとなの発達障害」は、啓発すれば数は増えますし、死別反応でのうつ状態もうつ病に入れることで、うつ病は増えるでしょう。

これらのように、正事例を数えるだけでは足りないことが、もっと世の中に広く知られてほしいと思います。その点でありがたいと思ったのは、zakzakにきょう出た記事、「思い込み」の前兆現象予測 科学的根拠は乏しいです。いきなり「心理学者が地震予知に取り組んだことがある。」とくるので、福来友吉がそんなこともと勝手に予想してしまいましたが、存命のきちんとした心理学者が登場して、とても安心しました。信号検出理論でおなじみの2×2の組みあわせを考えなければいけないことを指摘し、記憶のバイアス、錯誤相関の問題を論じて、最後を「気鋭の心理学者をがっかりさせているのが現状」と締めたのはこちらもがっかりでしたが、啓発になると思います。

現実には、大きな事態がないふだんのあれこれを毎日おぼえておくことは、なかなかむずかしいものです。ですが、つんくはそういう「観察力」を持っているのだそうです。日刊SPA!にきょう出た記事、つんく♂プロデューサーの仕事論「通勤中に観察力を鍛える」の後半が、その話題です。「僕は、自分の会社の部下にも伝えているんです。“昨日、会社から家に帰るまでの途中、何があったか言ってみろ”って。でも、みんなは覚えていない。“は?”って顔をするんですよ。」と言います。みんな「は」覚えていない、でも自分は、ということです。そして、「印象に残っていないことも、いかにすくい取ることができるか? そこが他人と差をつけるポイントだと思うんですよね」と主張します。中西香菜の「埼玉は安い」など、泣いて仕事を中断するほどかと思う一方で、印象がうすいこともとにかく忘れないつんく思想の影響だと考えると、納得できてしまう面もあります。

そのつんくの記事の前半はというと、作曲のやり方です。おととい書いた佐村河内事件の記事で触れた記事で、つんくがゴーストライターだのみの「作曲」をしているともとれる業界情報を書かれてしまったことを意識したアピールではないと、私は思います。曲なら自力でどんどん書ける、ゴーストなど不要と伝えたいとも解釈できるかもしれませんが、ゲンダイネットにきのう出た記事、全聾もウソ NHKも心酔した佐村河内守の凄まじい演技力にあるNHKスペシャルの疑惑の撮影エピソード、「まっさらな五線紙に音符を書く姿を撮影すればウソを見抜けたはずだが、取材班は「曲の完成」の知らせを受けながら、記譜の撮影は拒否され、12時間後に突然、机に置かれた譜面を撮影したという。」を考えれば、ひらめいて生み出していく過程よりも、あれもこれも調整して書いているという外形的なことばかりを知らせるのは、意識していない証拠ともいえます。

また、あれこれを並行して書くのは、職業作曲家ならめずらしいことではありません。サンデー毎日 12月29日号(毎日新聞社)にある池辺晋一郎の体験談には、一時は口をきいてもらえなかった三善晃から、2曲を同時に書くようすすめられ、自分もそうしていると言われたとあります。ですが、同時にあれこれをするのは、一般にはすすめられません。YOUNG BUDDHA 120号にある大川隆法の書き方のまねは、凡夫には無理でしょう。また、自閉症の本(佐々木正美監修、主婦の友社)に「同時に2つのことをしようとすると混乱します」とあるような、自閉症的な特性があるならもちろんですが、少し前にもてはやされたマルチタスクは、本人はいい気分でも成果には逆効果であることがわかってきました。ライフハッカー日本版の「マルチタスク」は本当に悪いのか、科学的に解明してみた、Gigazineのマルチタスクによって生じる精神的・身体的問題がさまざまな研究から判明をご覧ください。さらに、前者の記事では、音楽を聴きながらの作業には特に問題がないように書かれましたが、The Oxford Handbook of Music Psychology(S. Hallam, I. Cross, & M. Thaut編、Oxford University Press)の後ろのほうの章によれば、悪影響もあってそう単純ではありません。私もそうですが、凡夫ならばしかたがありませんので、20年ロングセラーのカレンダー、ひとりしずか(三和技研)の、19日のところのことばをかみしめましょう。