生駒 忍

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専門科目最終チェック本の気になった点

精神保健福祉士国試対策専門科目最終チェック2013という本があります。中央法規出版の、精神保健福祉士国家試験対策の出版物の中では、もっともうすく、もっとも遅れて世に出たものです。その名のとおり、試験が近くなってから、しあげに使うもののようです。紙質があまりよくないのも、くり返してじっくりと読み込むのではなく、さっと通して用がすむような性質を考えてのことでしょうか。

冒頭の「はじめに」には、「本書は、持ち歩きやすいハンディサイズにしていますので、どこでも気軽に開くことができ」とあります。値段のわりには小さいと思いましたが、そういうねらいだったのなら、一応は納得できます。ですが、気軽に親しむには、やや危うげなところもあります。以下に、ページ順に並べてみたいと思います。

・10ページで、うつ病にはセロトニン伝達機能の低下がかかわっているという書き方がされていますが、セロトニン自体がどこかに伝えられていくことではなく、セロトニンによる神経伝達機能が落ちることを指しているのでしょう。

・19ページで、問題文には「電気けいれん療法(ECT)の実施について」とありますが、実際の選択肢、特に正解である選択肢1を見ると、単に「電気けいれん療法(ECT)について」というかたちでたずねたほうが、より自然な問いになったように思います。

・40ページで、エリクソンの発達段階論においての危機が、対ではなく、その失敗側のものを指す用語として使われています。たとえば、青年期の同一性対同一性拡散については、同一性拡散が「心理・社会的危機」で、ちなみに、同一性のほうは「自我形成の課題」と呼ばれています。

・52ページで、周産期の医学的な定義が、出生後7日までということになっていますが、ICD-10での定義では出生後7日未満で、わが国の厚生労働統計もこれを採用しています。

・58ページで、フランスのセクター制度の説明がされていて、この分野での通例でセクトゥールとは読まないことは気にしないことにしますが、セクター当たり「20~30万人」もの人口があったとしたら、うまく機能しないはずと思います。

・60ページで、飲酒に関して労働安全衛生法上の自己保健義務がかかわるような書き方がされていますが、法的には不明確なところではないかと思います。労働安全衛生法には、そのような義務がはっきり定義されているわけではなく、66条5項と民法1条2項などから、労働者の義務として導かれるとされるものです。66条の7の2項や69条2項は努力義務規定ですし、不健康な飲酒習慣ならともかくとしても、個別の飲酒行動を制約するとは考えにくいと思われます。また、そもそも、労働者ではなく事業主のほうの飲酒であれば、適用外です。

・82ページで、ヴォルフェンスベルガーのつづりが誤っています。よけいなeが入って、英語風に感じられます。

・88ページで、社会復帰調整官の資格要件として、「精神保健福祉士、社会福祉士、保健師、看護師、作業療法士もしくは臨床心理士の資格を有する者」とありますが、すべてを並列であつかうのは、適切ではありません。精神保健福祉士はそのままでかまわないのですが、残り5資格については、「精神障害者の保健及び福祉に関する高い専門的知識」があることも同時に求められます。なお、これとは別に、学歴の要件もあります。

・104ページで、安田病院事件は大阪でのリンチ殺人事件であると説明されていますが、ほかにも、同じ名前でよばれる有名な事件があります。労働契約に関する判例としてよく引かれるもので、実践 労働相談入門 震災・労災・解雇・派遣・いじめ(水谷英夫著、民事法研究会)の3章1節にも解説があります。

・129ページで、ジェノグラムを「3世代の家族関係の情報を図式化したもの」とする選択肢があり、次のページでも「3世代の関係が特徴である」として、これが正解ということになっていますが、あつかう世代が3代であるとは限りません。多世代派家族療法で、3世代をみることが多いのは確かですが、系譜学のような使い方もあることを忘れてはいけません。

・146ページで、対象者の定義がQ128の1と2とでずいぶんと異なる形をとっていて、混乱した方もいたかもしれません。これは、仕様のようなもので、厚労省に原因があります。精神科アウトリーチ推進事業の手引きのⅣ-2では、まず「以下のいずれかに該当(疑い例を含む。)し、支援が必要と考えられる者」とあり、診断名が表で示されています。ですが、その後にまったく違う角度で、(1)~(4)までが並びます。前者がQ128の1、後者が2にそれぞれ対応しますので、どちらも正しいということにはなります。両者の位置づけは、本文中にはまったく説明されていないのですが、よく見ると、このPDFファイルの4ページ目と8ページ目の図の中に、説明があります。「当分の間は」前者を「主たる対象とする」のだそうです。

・164ページと165ページとで、法解釈はひとつしか存在しないと断言していますが、そうなのでしょうか。わが国ではかつて、いわゆる「法解釈論争」があり、複数の法解釈がありうることという考え方が、一定の支持を得たように思うのですが、どうでしょうか。来栖三郎著作集Ⅰ 法律家・法の解釈・財産法(信山社出版)などで、当時のみごとな議論にふれることができるはずです。

・186ページで、精神障害者家族会について「施設運営が主な役割ではない」とあるのを見て、有名な施設運営の例を連想してとまどった方と、あの転落を思い出して苦笑した方と、どちらが多いでしょうか。厚労省の構想に沿って、全家連が建てて運営していたハートピアきつれ川は、厚生省・厚労省からの補助金の不正流用を恒常化させて、その発覚から全家連は破産しました。さらに、施設を引きついだ全精社協も、補助金不正に手をそめて逮捕者を出し、破産しました。あの悲喜劇への皮肉をこめて出題したのでしょうか。

・198ページで、調査研究の倫理に関して、書かれている内容自体はまったく正当であると思いますが、根拠が社会調査協会の規程であるところには、やや疑問を感じます。歴史が浅いとはいえ、信用のおける団体であることは確かなのですが、そこの文書が社会調査一般に網をかけるものというわけではないと思います。また、「社会調査倫理綱領」は、社会調査協会が出したもののように書かれていますが、正しくは社会調査士資格認定機構によるものです。この綱領を修正して、5年半後に施行されたものが、一般社団法人社会調査協会倫理規程です。なお、綱領のころには全部で10条からなっていたのですが、規程はそこからひとつ、減っています。消されたのは、「第5条 調査対象者が求めた場合には、調査員は調査員としての身元を明らかにしなければならない。」です。

・202ページで、「二変量の関連性を調べる方法」が、クロス集計の説明だとされていますが、そうとは限りません。片方だけでも順序尺度以上であれば、そのままではクロス集計がむずかしいですし、ふつうはほかのやり方を使うはずです。