生駒 忍

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承認欲求では説明困難な集団と社会的性格論

きょう、ハフィントンポスト日本版に、それって本当に承認欲求?――群れたがりな私達という記事が出ました。

「日本語で承認欲求と書くと、読んで字の如く「承認されたい」ってイメージになりますし、それが大間違いというわけでもないのですが、原語がself-esteemとなっているように、自分が認められること・自尊心を持てること、そういったニュアンスの強い言葉です。」、大まちがいというわけでもないのですが、ニュアンスがずれます。「承認欲求」という意訳の問題もありますが、精神保健福祉士暗記ブックの改善ポイントの記事でも「自尊と尊敬」から変更されたことを指摘しましたし、定着しつつある表現ではあります。それでも、マズローのA theory of human motivationを見ると、ピラミッドの第4階層は、381ページの下から説明があり、原語は「The esteem needs.」です。「例のピラミッド図」としてリンクした先の図も、self-esteemはその層の一成分であるとわかるものですが、気づかなかったのでしょうか。また、マズローは「These needs may be classified into two subsidiary sets.」としていて、片方は後の心理学での、ただしローゼンバーグ的ではないself-esteemに近いもの、もう片方がいわゆる「承認欲求」です。

「集団への所属よりも自分自身が褒められることを重視するメンタリティは消費社会の成熟と歩調を合わせるように全国に広がり、心理的欲求のパラダイムは所属欲求から承認欲求に変わっていきました。」、マズローの理論を持ちだしながらパラダイムが変わるというとらえ方はともかくとしても、とらえたい変化の存在には同意します。このあたりは、筆者も明らかに知っている孤独な群衆 上(D. リースマン著、みすず書房)の社会的性格論を、もちろん無理を承知でのことですが、あてはめると興味深いかもしれません。強引ですが、伝統指向型は所属欲求に、内部指向型は自己実現欲求に、他人指向型は「承認欲求」に、それぞれ対応しそうです。すると、筆者が指摘する変化は、マズロー階層説ではひとつ上への順次進行、リースマン理論では跳躍進行となります。

「ちなみに、この時期には(マズローの欲求段階説では頂点に位置している)自己実現欲求について書かれた書籍が大量に出版されています。ただ、実際に自己実現した人というのはあまりいなくて、そうした書籍を欲しがった人々の実態も、単に承認欲求を欲しがっていただけではないかと私は疑っています。」、ありそうなことです。野蛮な進化心理学 殺人とセックスが解き明かす人間行動の謎(D. ケンリック著、白揚社)は、マズロー理論が実証的に否定されていることを示し、自己実現を頂点とはしない「新しい動機のピラミッド」を提示しましたが、マズロー的な自己実現の多くは、結局は承認に回収されることを指摘してもいます。

「そんなわけで、最近私は「現代人の心理的欲求を考えるにあたって、承認欲求ばかり強調するのは間違っている」と思っています。」、これが一応の結論のようです。ネット論壇に「承認欲求」を定着させることに寄与した人が言うところも、ポイントです。Newton別冊 知能と心の科学(ニュートンプレス)でラマチャンドランが、ミラーニューロンはメディアに取りあげられすぎだと苦言を呈したのを思い出しました。