生駒 忍

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ビキニ水爆実験被害の「遺伝性」と多崎つくる

きょう、カナロコに、【ビキニ被ばく60年】第2部:漂う「当事者」(3) 家系図を独自作成 子、孫へと続く苦しみという記事が出ました。

意義のある記事なのですが、誤解をまねきそうな部分もあります。「ロンゲラップ島で直接被ばくした8人の受診結果で、動脈硬化や糖尿病、腎疾患、肝機能障害の症状が発覚」、ここに「しかし、こうした生活習慣病症状の進行と被ばくとの因果関係は定かではない。」と添えてあります。実験から40年以上がたってから発覚した「生活習慣病症状」ですので、8人の平均年齢がどのくらいかも書いてあるとよかったでしょう。因果関係があると信じたい人は読みとばすかもしれませんが、そうでない人にも届く記事のはずです。「原因不明の甲状腺異常や白血病などに苦しむ島民」とあるのも、信じたい人は病気の部分だけ信じて、「原因不明の」は信じずに頭の中ですりかえてしまうのかもしれませんが、それでも書いてよかったと思います。

一番の問題だと感じたのは、「放射線被害の遺伝性を立証するためにアンケートに基づき作成した家系図」です。直後の「環礁間を行き来する船長のケースでは、夫婦に加え、子ども12人中11人が被ばく。」という例示には、「3人の子どもが甲状腺手術を受け、中には大人になって7回の流産を経験したり」とありますが、子どもは一人を除いて直接にあびたのですから、ここは被害の「遺伝性」とは無関係でしょう。また、図のキャプション、「被ばくの世代を超えた影響を示す家系図。」は不適切です。実験以降しか書かないのでは、それより前からの遺伝との区別がつきませんし、以前を書いてもほかのコホート要因との分離はできませんし、遺伝とは無関係な家庭環境の要因も、家系内での対応関係をつくります。比較すべき対照条件も示されていませんので、フレデリック側の子孫も追跡されているカリカック家の研究よりも劣りますし、たったこれだけの人数でものを言うのなら、ジューク家の研究よりも劣ります。ですが、こういったことが理解されない人には、「世代を超えた影響を示す」証拠が出たのだと誤解されることでしょう。カリカック家の研究を世界中へ知らせた、今はインターネット・アーカイブで読むことのできる、The Kallikak family: A study in the heredity of feeble-mindednessの36ページからの家系図の、遺伝だと確信させてしまう説得力が、世界を優生学へと走らせ、多くの命やそこからつづくはずの子孫が絶たれる一因となったことを、忘れてはならないと思います。

この図の選択にも、疑問を感じます。船長のケースは、図の右上で「11人のこども全員が被曝」とされ、「11人」か「全員」かのどちらかは誤りでしょうから、資料としての信頼性の低さを感じさせるところを記事に切りだしてしまったように思えます。シート1枚でおさえられるのに裏写りを起こして、ほかにも家系図があることがわかるので、ほかを使えばよかったのにと、よけいに思ってしまいます。

図ではほかに、左下のアンジーの子かブレレンの子かよくわからないところに3回の流産が記されて、「①1人腕がなかった。」とあります。本文に「腕のない子が産まれたりする」とあるのは、これを表現したつもりなのでしょうか。ですが、ことばの定義にもよりますが、流産ならば産まれたとはいえないように思います。あるいは、②や③から考えると、実は①は流産ではなかったのでしょうか。この点でも、なぜこの、資料としての信頼性をうたがわせるようなところを選択したのか、疑問を感じます。

外科医の発言だという、「人類史上いろんな奇形は産まれたけれど、指が6本あるというのは聞いたことがない」も、今日の意味でいう確信犯なのかどうかはわかりませんが、疑問です。これほどよく知られた奇形を、見たことがないのならまだわかりますが、医師であって聞いたこともないとは、考えにくいはずです。白髪三千丈の国の文書を真に受けるなと言われそうですが、隋書卷八十三列傳第四十八によれば、疏勒国の人は誰もが6本指だったそうです。そういえば、色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹作、文藝春秋)には、主人公が駅長に、「六本指が優性遺伝するのなら、どうしてもっと多くの人が六本指にならないのでしょう?」とたずねる場面がありました。病む女はなぜ村上春樹を読むか(小谷野敦著、ベストセラーズ)は、このあたりの展開に、東工大に入った理系と思われる設定を、作者が忘れてしまった可能性を指摘します。

さて、この記事の救いは、「昨年の派遣中、首都マジュロの食堂でマグロの刺し身を注文した。」というお話です。日本人で、あの世代で、ブラボー実験の被害といえば、マグロを連想しそうです。それでも、まだこわがる現地人を知りながらもおいしく食べるところに、水爆の被害に取りくみつつも、不合理な放射線恐怖とは一線を画す、この人物の理性がうかがえます。まさか、知らないはずはないと思い、検索してみたところ、ヒロシマ平和メディアセンターに4か月ほど前に出た記事、「ビキニ」60年見つめ直す 平和団体など相次ぎ現地へで、「当時は高校生で、マグロが大量廃棄される現実に衝撃を受けた。」という発言を確認できました。