生駒 忍

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「黒子のバスケ」脅迫事件の犯人像の変遷

一連の「黒子のバスケ」脅迫事件について、一気に解明が進んでいます。きょうは、家宅捜索で物証が集まったことや、逮捕された容疑者が動機にかかわると思われる過去について供述していることなどが報じられました。これから、思いきった週刊誌報道なども含めて、さらにいろいろな情報が出まわると思いますが、以前の記事で書いたように、きりのよいタイミングをはかるのは意外にむずかしいですし、からくり民主主義(髙橋秀実著、新潮社)くらいに出おくれるのも、これはこれでセンスを要しますので、とりあえず今のところまでで、犯人像の話題を中心に取りあげてみたいと思います。そこに注目するため、msn産経の記事にしぼってたどることにします。

「黒子のバスケ」脅迫事件、犯人像は? 「恨みは漫画」「精神的なもろさ」

脅迫犯の活動再開を受けて、臨床心理学の長谷川博一、犯罪心理学の桐生正幸の2名それぞれによる、犯人像の推測をならべたユニークな記事です。産経は後に出てくるように、前者が的中したと理解していますが、どうでしょうか。前者は1年前にも推測を行い、「好きな漫画を『黒子のバスケ』がまねしたと勝手に思い込み、逆恨みをした可能性がある」としたのを、犯人が脅迫状で「全くの的外れ。絶対にわしらみたいなクズのことは分からん」と斬りすてましたが、それでも長谷川は引かずに、図星と主張し「黒子のバスケの人気で、犯人の好きな漫画が陰に隠れたことが許せない」と解釈しています。まだ、その「好きな漫画」説を支持する動機は、本人の口からは出ていないようです。「実際は関西圏の人間ではない可能性がある」は、はずれました。東成区大今里西3、関西のまん中を、くらしと犯行準備の拠点にしていたのでした。

桐生による脅迫状の解釈では、「後半には、「やり直せるならマンガ家になりたい」などと自身の境遇を嘆くような表現が目立ち、「これが本心。弱みをさらけ出すという意味で女々しい印象がある」と受け止める。」としていて、いい線を行っていたと思います。その女々しさに対して、前半は「自分の存在を認めてもらいたい心理の表れ」ということで、さわぎを起こして「光を浴びて」と、女々しくて(ゴールデンボンバー)をつい連想しました。関東各地の地名をならべたことを、「警察や報道関係者が無意味な場所に行くのを期待し、それを見て満足感を得ようとしているのでは」と読んでいて、犯人の拠点とは無関係であったという意味では、正しい読みでした。

犯人の年代は、30代前半か後半かで分かれて、逮捕時で36歳だったことで長谷川説が的中したとは言えますが、五十歩百歩のようにも思います。まだ誕生日を把握できていないのですが、犯行開始時は34歳だった可能性もあります。

黒子のバスケ 社会への脅し容認するな

こちらは社説です。「卑劣な犯行を断ち切るため、犯人の早期検挙を望みたい。」という願いは、それから3週間半で成就しました。「関西弁を多用していた」ことが、「グリコ森永事件の犯人を気取っているのだろう。」という解釈の根拠に使われていますが、捕まえてみれば本物の大阪人でした。もちろん、そういう気どりがまったくなかったかどうかはわかりませんが、あったという証拠がないのなら、モーガンの公準のような理解が無難だと思います。そして、最後は防犯カメラの意義の強調と、警察まかせでない防犯の呼びかけへつながります。けさの産経新聞の社説、黒子のバスケ 「検挙に勝る防犯なし」だも同じ結論へつなげていて、ぶれません。

「好きな漫画の影が薄くなり逆恨み」犯人像“的中”の心理士が推測

先ほどの長谷川博一が、犯人を当てたということで、また登場しています。「自分の好きな漫画が黒子のバスケの人気で影が薄くなってしまったと考え、逆恨みで犯行に走った」という解釈が、今回新たにされた推測のように書かれていますが、すでに前の記事でも、同じようなことが述べられています。作品の主人公を連想させる「影が薄く」という表現を使って言いなおしたかったのかもしれません。なお、「渡辺容疑者は脅迫文を投函(とうかん)するためなどに」とあるところは、日本語として落ちつきませんので、「するなどのために」などのようにしたいところです。

黒地に白ラインのリュック特定が決め手 捜査員、大阪から尾行

後で出てくるように、指紋も押さえられてはいましたが、足がついたのは背中からでした。複数犯をよそおう細工をしていたのに、しかも防犯カメラに映ったことがもう報じられていたのに、「警視庁捜査1課が防犯カメラで容疑者とみられる男のリュックサックを特定」できるとは考えなかったのでしょうか、同じものを身につけて回っていたのでした。面白いほどよくわかる! 「男」がわかる心理学(齊藤勇監修、西東社)によれば、リュックは「用心深いタイプ」と対応するのですが、用心が足りなかったようです。

動機は「作者の成功をやっかんだ」 複数の防犯カメラ画像が決め手

動機として、好きなまんがをまねられたり、陰を薄くされたりしたことへの逆うらみという長谷川説とは異なるものが、犯人の口から出てきました。「(脅迫文に)指紋がつかないように細心の注意をしていた」という供述は、防犯カメラに映っても指紋をつかませなければ逃げきれるという、ブリングリング こうして僕たちはハリウッドセレブから300万ドルを盗んだ(N.J. セールズ作、早川書房)でレイチェルがニックに言ったような理解がうかがえますが、指紋については次の記事へつながります。

「黒子のバスケ」脅迫の男、大阪でも数十件の脅迫状 住民とは騒音トラブル

記事タイトルとはやや印象のずれる記事かもしれません。騒音については、1年前にあって注意したらすぐ謝罪したということで、トラブルメーカーであったというほどではありません。また、「脅迫の男、大阪でも数十件の脅迫状」のあとに省略されている動詞は、自然なつながりを考えると「送る」「送りつける」「投函する」などになるはずで、誤解をまねきそうです。実際は、「捜査関係者によると、ほとんどが関東地方の消印だった」ということで、関東へ出かけて大阪へ送っていたのでした。

その前に、「大阪府警が脅迫文に付着した指紋や筆跡などの捜査情報を警視庁に提供していた」とあります。細心の注意をはらっていたのに、結局は指紋をのこしてしまったことがわかります。

なお、こちらの記事では、「大阪府内下では」というところが、日本語として不自然です。「下」「内」一方だけになぜしなかったのだと、舌うちされているかもしれません。

作者へ一方的嫉妬 世間騒がす高揚感で犯行止まらず?

犯行動機として、本人が直接挙げている「やっかみ」のほか、嫉妬心と、世間を騒がせる高揚感とが想定されています。脅迫文の「今の日本で最も価値の低い命から最も価値の高い命への反乱」という表現を示してすぐ、「渡辺容疑者は日雇いの派遣社員で、家賃4万円のワンルームマンション暮らし」という現実と対応させています。長谷川「友人」説のような、それらしい解釈をしなくても、だいたいそのままだったということでしょうか。劇場型犯罪の犯行声明文が出ると、世間が心理学者に、もっともらしい解釈を求めることがありますが、こういうこともあるわけです。ややこしい夢分析の世界でさえも、たとえばプロカウンセラーの夢分析(東山紘久著、創元社)にある大きなクリトリスの夢のように、むずかしく考えなくていいことがあります。そういえば、Top Yell 2014年1月号(竹書房)にある、和田彩花の「スカート短すぎ事件」が、あまりに書いてあるとおりそのままなので笑ったのを思い出しました。

「脅迫文の封筒からは指紋が検出されず、渡辺容疑者は「証拠を残さないように細心の注意を払っていた」などと供述している。」とあります。ですので、封筒には注意が行きとどき、中身には足りなかったことがわかります。

「アニメクリエーター目指し中退」 成功妬み犯行か 自宅から硫化水素生成用洗剤押収

一連の事件とつながる物証が、待っていたかのようにそろっていたようです。捨てもかくしもせずに置いておいたのは、いつ来るかわからない捜査にそなえるという発想はなく、絶対につかまらないという圧倒的な自信があったことの反映でしょう。こんなになくても立件は可能だと思いますが、ここまで親切だと、殺す(西澤保彦作、幻冬舎)のラストでのだめ押しの告白のような、ストーリー上の配慮さえ感じます。写真の顔の、ふしぎな力の抜けぐあいも、劇場型犯罪だけに、まるで舞台がもうはねたかのようです。

「渡辺容疑者は「高校卒業後、アニメのクリエーターを目指して専門学校に通っていたが、1年ぐらいで中退した」と供述。」とあって、「今の日本で最も価値の低い命」という脅迫状の表現が、自己認識と対応している可能性をうかがわせます。ですが、「自分が目指していた漫画家として成功している藤巻さんを妬み」というとらえ方は、アニメのクリエーターと漫画家とがだいたい同じという前提のようで、気になります。

当初は職業不詳とされ、のちに日雇い派遣だとわかりましたが、その社会的な孤立と事件とを結びつける論調は、これから強まるでしょうか。秋葉原無差別殺傷事件では、犯人が職場放棄した派遣社員だったことを、そういう社会的なテーマとつなげようとするところがありましたが、今回はどうでしょうか。無縁社会からの脱出 北へ帰る列車(西村京太郎作、角川書店)での、十津川警部のやりきれないせりふ、「無縁社会からの唯一の脱出方法は、刑務所に入ることか。」を思い出しました。