生駒 忍

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あまちゃん後ストレス障害と最終回の前と後

きょう、NEWSポストセブンに、あまちゃん後ストレス障害「PASD」発生に対する精神科医見解という記事が出ました。黒い「あまちゃん」まで登場する週刊ポスト 9月20日・27日号の、61ページのもののようです。

私は、用語に少し引っかかってしまいました。「耳慣れない「PASD」の4文字は、「あまちゃん後ストレス障害」(Post Ama-Chan Stress Disorder)のこと」とのことですが、PTSDをもじるのなら、もう少し原語に寄りそってもよかったのでは、というのが、あまちゃんよりもPTSDのほうにより関心がある私の印象です。まず、ハイフンですが、これはないほうがよいと思います。PTSDについては、postとtraumaticとの間にハイフンを入れて、postがどこにかかっているかをわかりやすくすることも見られます。アメリカ国立精神衛生研究所も、Post-Traumatic Stress Disorder (PTSD)と表記しています。ですが、現状の書き方では、これとうまくなじみません。Wikipediaでの記事名もAmachanで、ハイフンは入りません。あるいは、つづりにこだわらないのでしたら、より英語の形容詞らしく、"Amatian"のように書く手もありそうです。

記事本体は、あちこちで話題にされているテレビ番組に乗じたジョーク、軽い悪のりというくらいにとるものでしょうか。それとも、不穏な予測を含んでいるとみて、注意するべき話題なのでしょうか。野猿というバラエティ番組の企画ユニットの「撤収」が原因だとされることが多い、Mさん・Sさん飛び降り自殺事件を思いだしました。超訳「カタカナ語」事典(造事務所編、PHP研究所)ではギラン・バレー症候群などといっしょに「そのほかの症候群」に入れられているサザエさん症候群では、毎週終わるたびにつらくてもまた1週間もつのですし、記事の後のほうで笑って否定されている程度だといいのですが、どうでしょうか。

あるいは、うがった見方をすれば、いわゆるステマになるのかもしれませんが、次作への布石とも読めそうです。もちろん、ここでいう次作は、始まってもいないのにもう週刊文春 9月19日号でけなされている、次の朝ドラ作品ではなく、次の「あまちゃん」です。宮藤官九郎の考えは、週刊文春 8月15日・22日号にあるとおりのはずですが、また見たい、もうアキに会えないのはつらい、という思いがこんなにあるので、ご期待にこたえましょう、という流れに持っていく、その前ふりということです。皆さんがどうしてもというのでやるんです、前からやる気でいたのではありませんから、というかたちにするのがポイントです。ここであえて不吉なことを書くと、NHKつながりでは、このパターンで請われて就任するはずが交際費がらみで転んだ、認知系の研究者にはつらくもはずかしくもある事件、安西祐一郎NHK会長人事騒動を、ふと思いだしました。

伏線は着実に回収されているそうなので、そのままストーリーが続く続編は作りにくいという指摘もあります。そこで考えられるのは、映画化です。新しく撮りなおすのではなく、いまあるものから15分きざみの制約をはずして、ずばっと再構成すれば早く、安く上がります。ですが、すみずみの小ねたを刈りこまないといけませんので、そこが好きなファンには反発されるでしょう。また、また不吉なことを書くと、NHKでドラマを再構成して映画化といえば、劇場版テンペスト3Dの大失敗を忘れるわけにはいきません。見に行ったら観客の半分は私だったという、忘れられない体験をできた作品です。

とりあえずは、来週にせまった最終回を待つことになるでしょう。太巻の思いつきのように、急展開があるかもしれません。この記事で取りあげた、終わった後をおそれている人々は、最後まで目がはなせないものと思います。一方で、もう終わったことになっている人もいるようです。この記事の最後には、「PASDのこの苦しみ」とありますが、もうpostになって現に苦しんでいるかのような書き方です。そして、この筆者だけではありません。J-CASTの、「あまちゃん」全編放送終了していた? 能年玲奈ブログに謎の大量コメントをご覧ください。