生駒 忍

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戸部ルーマニア語におけるブレーヴェ欠落

実用ロマニア(ルーマニア)語入門(戸部実之著、泰流社)という本があります。著者は、奥付を見ると東京外国語大学卒業、東海大学教授ということで、戸部本などと呼ばれたりもする、世界中のさまざまな言語の入門書を出してきた方です。このルーマニア語入門もその中の一冊ですが、私はそのような活躍をまだ知らない時に、たまたまこの本に出会いました。

実は、タイトルにある内容は本の途中までで、65ページからは「付 音韻分析」と題して、定量的なデータを示しながら、ユニークな比較言語学的考察が展開されます。そして、91ページにあるあとがきには、夏目漱石、正岡子規、著者の母親が登場しますが、この本やルーマニア語に関してはひと言も触れないまま、締めくくられてしまいます。

では、前半はどうでしょうか。本のタイトルに「ロマニア(ルーマニア)語」という表記を使っているので、ロマニアという書き方にこだわりがあるのかと思いましたが、そんなことはなく、たとえば、43ページにはロマニアとルーマニアとのどちらもが出てきます。12ページには「あいさつ」と「挨拶」とのどちらもが出てきますし、おおらかな方なのでしょう。ですが、内容に疑問を感じるところが、あちこちにあります。私は、ルーマニアのクラブ音楽を聴くことはありますが、ルーマニア語の知識はまったくありません。それでも気がつくくらいの問題が、多数見つかります。

ここでは、その中でも特に、しろうとでもすぐわかることを挙げておきます。ルーマニア語では、aにブレーヴェやサーカムフレックスをつけて、独特の音を表しますが、この本では、同じ単語と思われるものに、ブレーヴェがついたりつかなかったりするところがあります。私が気がついたのは以下のようなもので、すべて、ブレーヴェがつくほうが正しいはずです。かっこ内は、掲載ページです。

せっけん săpun (35) sapun (52)
市場・マーケット piata (40) piată (49)
教会 biserica (36) biserică (40)
住所 adresa (21) adresă (35)

他に、conopida (45)やinima (56)のように、一度しか出てきませんが、おそらくブレーヴェが落ちていると思われるところもあります。また、notade plata (35)は、他の問題とも重なっています。