生駒 忍

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変わり種の天ぷらと鼎泰豐の小龍包の濃厚さ

きょう、いまトピに、もみじだけじゃない!天ぷらにすると美味しい意外すぎるあれこれという記事が出ました。

もみじの葉に衣をつけて揚げたものが、海外で話題になったことを受けて、ツイッターに出た変わり種の天ぷらの画像を集めたものです。タイトルを見て、宮島の揚げもみじかと思いましたが、ほんものの葉のほうです。揚げもみじであれば、少なくともアメリカの大衆文化にとっては、そこまでのおどろきはなさそうです。ロケットニュース24に3年前に出た記事、ビスケットのオレオを揚げて食べてみた / 冗談ぬきで恐ろしいほどウマイ!のような世界とは、地続きのように思えます。

さて、この記事は、たとえばzakzakの同名記事など、いまトピのほかのあちこちのサイトに、もちろん了解の上で、掲載されています。ですが、こちらのオリジナルとは、やや文面が異なります。基本的には、大量の画像の掲載がされない環境で、読みやすく、あるいは最低限、つじつまがあうように、意識して手が入っていて、親切だと思います。ですが、冒頭の「こんにちは。」の後の改行がなくなるところから始まって、その目的とは関係のなさそうな変更もあります。天ぷらの列挙のところを見ると、アカシアの花、ねぎ坊主、アボカド、ミニトマト、りんごで、不一致があり、後ろの3種には加筆があって、イメージをしやすくする意図だと思われます。アカシアの花は、「アカシアの花は」をとって、くり返しをさけました。気になったのはねぎ坊主で、「葱のうまみがぎゅっと詰まった濃厚な味。あのアラビアンな形状のかわいらしい部分…」と、前に書きたされました。前段は、見た目からのイメージではなく、味そのものが断定的に書かれて、ほかとは異なる味つけです。しかも、干しいもには、「フツウのさつまいもの天ぷらより、味が濃厚で美味しいのだとか。」とあって、距離をとった表現ですが、比較基準も明確ですし、濃厚なのだろうと想像しやすいのですが、ねぎ坊主は、そこまでではありません。ですので、筆者はすでにためして、確認してある可能性が濃厚でしょう。ですが、いまトピの外に出すほうにだけ、これを書きたしたねらいは、よくわかりません。

また、天ぷらに濃厚な味というのは、もう若くないからかもしれませんが、私には少し、違和感があります。ふつうの揚げものですし、実際には油をたくさん含んでいるのは知っていますが、あっさり、さっぱりした食べものというイメージが強いのです。江戸の食文化の感覚としても、天ぷらが濃厚、濃い味では、違う気がします。粋の文化もありますが、初がつおがあれほどまでに競って求められ、とろはせいぜいねぎま鍋、今日のような珍重とは無縁で、そばつゆは先を少しつけるだけ、そういう感性です。濃い味でおいしいものも多いですし、あれこれを取りすぎてしまうくらいに味の強いものが好まれやすいことには、進化的な理由もあるのですが、それぞれの食文化の伝統の味も、大切にしたいものです。そういえば、紗倉まなの工場萌え日記にきょう出た記事、バリからの秋葉原。は、「バリの食べ物は日本人の舌に合う味付け」としながらも、「どれもばくばくと食が進んでしまうのは、多少濃く味付けされているからでしょうか、、、。」と指摘しました。

濃厚で思い出しましたが、マイナビウーマンに今日出た記事、週末旅行にぴったり! 絶対にうまい台湾グルメ5選!は、鼎泰豐の小龍包を、「濃厚」を3回も使って紹介していました。私は、池袋店の味しか知らないのですが、ここまで書かれると、本場の濃さには、少し気おくれしてしまいそうです。一方で、あっさりした料理の紹介もあります。京星港式飲茶のおかゆで、私はむしろ、こちらに興味をひかれましたので、やはり若くないのかもしれません。ここで気になったのは、そこにつく揚げもの、油条の説明です。「中国の揚げパンのようなもの」とあって、言いたいことはわかるのですが、やや落ちつかない表現であるように思います。「中国の揚げパン」、あるいは「揚げパンのようなもの」とすればすっきりするのですが、どちらも落としたくなくて、こうなったのでしょう。似たものに、基礎英語3 2014年6月号(NHK出版)の、「トルティーヤ(一種のメキシコのパンケーキ)」があります。