生駒 忍

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偏差値30の成人を立命館大へ入れた心理学者

きょう、日経トレンディネットに、ベストセラー『ビリギャル』に学ぶ、部下の指導法&上司からの学び方という記事が出ました。

『ビリギャル』とはもちろん、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話(坪田信貴著、KADOKAWA)のことです。表紙のモデルのポップをいくつも立てて売る書店もあって、いやでも目をひきます。モデルについては、「余談だが、本の表紙写真に登場する制服を着た女子高生を「ビリギャル」だと思って買う人も少なくないそうだが、彼女は新鋭のモデル・石川恋で本書の内容とはまったく関係がない。」とあるとおりですが、慶応大のイメージとのギャップがこの誤解で際だって、注目や売り上げへとつながった部分も大きいはずです。

あの本は、出だしできちんと種あかししてあるように、いろいろ経緯があって学校的に学ぶ機会をそこなってきた人物での事例です。オール1の落ちこぼれ、教師になる(宮本延春著、角川書店)にも、やや近いところがあります。ですが、今回の記事も含めて、この本の書評では、暗い話題になるためでしょうか、そこは紹介されずに、学力の低い状態での笑い話を出発点におく傾向があります。学校ではそれなりに適応してがんばってきて、それでも偏差値30台どまりの生徒だったら、坪田の手にかかってもこうはならないはずです。道だけはふみはずさずに地味にこらえてきた若者が、あるいはその親が、この本に夢を見てしまうと、心配です。

「「リフレーミング」「自己効力感」「臨在性」「迫真性」など心理学用語を用いて、自身の対応を解説する場面も数々」あるところも、この書評は重視します。気になる用法もありますが、心理学の用語、考え方が本に役だったのなら、ありがたいことです。素朴概念が、聖徳太子のお話にかかわるなど、心理学者の素朴概念にそわない意外性も、私はおもしろいと思いました。

そして、心理学にかかわる人々には、心理学をもっと学んだ人による、見たところ似たような事例がすでにあることも、ぜひ知ってほしいと思います。教わったのは、諏訪耕平という、いまは教える側にまわった人で、その人のブログの、もう2年以上も前のものですが、最後の記事になっている僕が子どもたちに伝えたいことを読んでください。「全然勉強してなくて,4年目の春に偏差値30ぐらいだった僕を大学に入学させてくれたのは西條剛央さんという人で,僕はこの人にいくら感謝してもしきれません。」とあります。心理学にかかわっていれば、きちんと論文を読んだことはなくても、この名前に見おぼえのある人は多いでしょう。震災関連団体をつくって、世間での知名度も高めました。もちろん、あの活動については、たとえばtogetterの西條剛央さんは、そして「ふんばろう」は、いったいどこに向かっているのかのコメントで、「ふんばろう東日本の活動は「疑似科学」になぞらえて言えば「擬似支援」と化しつつあると思う。」「ふんばろう東日本の態度はあまりにもデリカシーが無く、将来的な人権侵害への恐れを看過している」「そして、批判に向き合うことなく、黙り、スルーしていく。まともな研究者とは思えませんね。 」などと、きびしく指弾されていますが、知名度を上げたことは誰もが認めるところでしょう。そして、この諏訪の事例も、ポップな本にできていたら、学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話のようにヒットしていたかもしれません。ですが、偏差値の伸び幅で考えると大きな違いはなくても、教わるのが成人男性で、合格先が立命館大では、いまいち世間の興味をひきにくいような気もしますが、どうでしょうか。あるいは、このように慶応と立命館とをならべて考えること自体が不愉快、ないしは失礼だと思われるのでしょうか。